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生前対策とは? なぜ今から始めるべきなのか
「自分にはまだ早い」「財産なんて大してないから関係ない」
ご自身の相続について考え始めたとき、多くの方がそう思われるかもしれません。しかし、生前対策は、決して特別な人だけのものではありません。むしろ、残される大切なご家族への「最後の贈り物」であり、愛情表現の一つだと私たちは考えています。
生前対策の最も重要な点は、ご自身の意思がはっきりしていて、元気なうちにしかできないということです。判断能力が低下すると新たに遺言書を書いたり贈与契約を締結したりすることは困難になります。したがって元気なうちに準備することが重要です。なお、既に有効に作成された遺言書は効力を持ち続けますし、判断能力低下後に備える制度(任意後見・家族信託等)もありますので、併せて検討してください。
対策を先延ばしにした結果、「もっと早く相談しておけば…」とご家族が大変な思いをされるケースを、私たちは専門家として数多く見てきました。この記事では、生前対策の全体像と、何から始めればよいのかを、分かりやすく丁寧にご説明します。まずは、なぜ今から始めるべきなのか、その理由から見ていきましょう。
残された家族を「争族」から守るために
生前対策の最大の目的は、ご家族間の無用な争い、いわゆる「争族」を防ぐことです。
「うちの家族は仲が良いから大丈夫」と思っていても、相続をきっかけに関係がこじれてしまうことは少なくありません。遺産分割で揉める原因は、財産の多い少ないではないのです。例えば、親の介護を一身に引き受けてきたお子様と、そうでないお子様との間で「貢献度」をめぐる意見が対立したり、分けにくい不動産が一つだけ残されてしまい、誰も住まないのに売却にも同意が得られず、固定資産税だけがかかり続ける…といったケースは、実によくある話です。
遺言書があることで多くのトラブルを防げますが、法的に保障された「遺留分」があるため、遺言の内容によっては遺留分侵害額請求が発生し得ます。遺留分の制度や注意点についても併せて確認してください。ご自身の想いを明確な形で残しておくことが、ご家族がこれからも仲良く暮らしていくための、何よりのお守りになるのです。
認知症など判断能力の低下に備えるために
高齢化が進む現代において、認知症は誰にとっても他人事ではありません。もし認知症などで判断能力が低下すると、ご本人の財産は事実上「凍結」されてしまいます。
- 預貯金の引き出しや解約ができない
- ご自宅の売却やリフォームができない
- 介護施設の入居金が支払えない
このような事態に陥ると、ご本人だけでなく、ご家族の生活にも大きな支障が出てしまいます。そして、この「資産凍結」の問題は、残念ながら遺言書だけでは解決できません。判断能力が低下した後の財産管理や生活を守るためには、「任意後見」や「家族信託」といった、また別の対策が必要になります。元気なうちにご家族と話し合い、備えておくことが非常に重要です。
将来の相続税負担を軽減するために
生前対策には、将来の相続税の負担を軽くするという側面もあります。相続税には基礎控除額があり、すべての人にかかるわけではありませんが、ご自宅が都市部にあったり、ある程度の預貯金があったりする場合には、納税が必要になる可能性があります。
計画的に財産を贈与する「生前贈与」や、生命保険の非課税枠を活用するといった方法で、納税額を抑えたり、納税資金を準備したりすることが可能です。
ただし、私たちは常に「節税は、ご家族の円満という土台があってこそ意味がある」と考えています。税金の額だけにとらわれて、かえってご家族の関係を悪化させてしまっては本末転倒です。まずはご家族の幸せを第一に考え、その上で最適な方法を探っていくことが大切です。

生前対策の始め方|専門家が教える3つのステップ
「生前対策の重要性は分かったけれど、具体的に何から手をつければいいの?」
ここからは、そんな疑問にお答えするために、誰でも迷わず進められる具体的な3つのステップをご紹介します。ぜひ、ご自身の状況と照らし合わせながら読み進めてみてください。
ステップ1:財産と相続人の現状を把握する
すべての対策は、まず「現在地」を知ることから始まります。ご自身がどのような財産を持ち、誰がそれを受け継ぐことになるのかを正確に把握しましょう。
【財産の洗い出し】
預貯金、不動産(土地・建物)、有価証券(株・投資信託など)、生命保険といったプラスの財産はもちろん、住宅ローンや借入金などのマイナスの財産もすべてリストアップします。これが「財産目録」の基礎となります。何がどこにあるかをご家族がわかるようにまとめておくだけでも、残された方の負担は大きく軽減されます。より詳しい方法は財産目録の作成のページもご覧ください。
| 財産の種類 | 具体的な内容 | おおよその価額 |
|---|---|---|
| プラスの財産 | 〇〇銀行の預金、自宅の土地・建物、△△社の株式 | 約〇〇〇〇万円 |
| マイナスの財産 | 自宅の住宅ローン残債 | 約△△△万円 |
【相続人の確認】
法律で定められた相続人(法定相続人)が誰になるのかを、戸籍謄本を取り寄せて正確に確認します。ご自身の思い込みとは違う方が相続人になるケース(例えば、前妻との間にお子様がいた場合など)もありますので、専門家と一緒に確認することをお勧めします。
ステップ2:目的を明確にする(誰に・何を・どうしたいか)
現状が把握できたら、次はいよいよ「ご自身の想い」を整理するステップです。何のために生前対策をするのか、その目的をはっきりさせましょう。
ご自身の心に、次のように問いかけてみてください。
- 一番感謝の気持ちを伝えたいのは誰ですか?
- ご自身の亡き後、ご家族にどんな暮らしを送ってほしいですか?
- ご家族のことで、何か心配なことはありますか?
- ご自身の将来(介護や施設入所など)について、どんな希望がありますか?
これらの問いへの答えが、あなただけの生前対策の「軸」となります。
専門家コラム:生前対策は「想い」を形にするプロセスです
定年退職や、お子様の結婚、お孫様の誕生といった人生の節目に、「そろそろ考えないと…」と生前対策に関心を持たれる方は非常に多いです。そして、ほとんどの方が「何から手をつけていいか分からない」という同じスタートラインに立たれています。
そんな時、私たちはまず「何のために対策をしたいですか?」とお伺いします。それは、ご自身の希望によって、選ぶべき道筋が全く変わってくるからです。
- 「家族が揉めないように、遺産の分け方を決めておきたい」
→これが一番の目的なら、まずは「遺言書」の作成が基本になります。 - 「もし自分が認知症になったら…と不安。施設に入る時、家を売って費用にあてたい」
→将来の資産凍結に備えるなら、「家族信託」や「任意後見」が有効です。 - 「相続税がかかりそうだから、少しでも負担を減らしてあげたい」
→節税が目的なら、「生前贈与」や「資産の組み換え」を検討します。
財産の多い少ないにかかわらず、ご家族が揉めてしまうことはあります。だからこそ、私たちはいつも「一番大切なのは、税金のことよりも、ご家族がこれからも仲良く暮らしていくことではないでしょうか?」とお伝えしています。あなたの「想い」をしっかりとお伺いし、それを実現するための最適なプランを一緒に考えること。それが、私たち専門家の役割です。
ステップ3:目的に合った対策方法を選択する
目的がはっきりすれば、ゴールまでの道筋が見えてきます。ステップ2で明確になった目的に合わせて、具体的な対策方法を選んでいきましょう。
- 家族間のトラブルを防ぎたいなら → 遺言書
- 将来の認知症や資産凍結に備えたいなら → 家族信託、任意後見
- 相続税の負担を減らしたいなら → 生前贈与、資産の組み換え
- 特定の誰かに確実に財産を渡したいなら → 生前贈与、遺言書
もちろん、これらの目的は一つだけとは限りません。「遺言書で分け方を決めつつ、家族信託で認知症にも備える」というように、複数の対策を組み合わせることで、より盤石な準備が可能になります。次の章で、それぞれの対策の詳しい特徴を見ていきましょう。

【目的別】生前対策の主な種類と特徴を比較
ここからは、代表的な生前対策について、それぞれの特徴やメリット・デメリットを目的別にご紹介します。ご自身の目的に合った方法がどれか、比較しながら確認してみてください。
※各制度のより詳しい内容については、それぞれの解説ページへのリンクをご参照ください。
| 対策方法 | 主な目的 | メリット | デメリット・注意点 |
|---|---|---|---|
| 遺言書 | 争族対策 | ・法定相続より優先される ・相続手続きがスムーズになる | ・書き方を間違えると無効になる恐れ・認知症対策にはならない |
| 生前贈与 | 相続税対策 | ・計画的に行えば節税効果が高い ・渡したい相手に確実に渡せる | ・贈与税がかかる場合がある ・やり直しがきかない |
| 家族信託 | 認知症対策 | ・判断能力低下後も柔軟な財産管理が可能 ・家族信託は、受益者の変更や二次承継の定めを設けることで次の承継先を想定できますが、税務・登記・契約設計の注意点が多いため、具体的な設計は専門家と詳細に検討してください。 | ・身上監護はできない ・専門的な知識が必要 |
| 任意後見 | 認知症対策 | ・財産管理と身上監護の両方を頼める ・任意後見では、判断能力低下後に家庭裁判所が任意後見監督人を選任して監督が行われる。 | ・判断能力低下後にしか効力が発生しない ・積極的な資産活用は難しい |
①遺産分割トラブルを防ぐ基本の対策【遺言書】
遺言書は、ご自身の財産を「誰に」「何を」「どれくらい」遺すかを決めることができる、最も基本的で強力な生前対策です。遺言書があれば、法律で定められた相続分(法定相続)よりもご自身の意思が優先されるため、相続人間の争いを未然に防ぐ効果が非常に高いです。
遺言書には自分で書く「自筆証書遺言」と、公証役場で作成する「公正証書遺言」があります。法的な不備で無効になるリスクを避けるため、公正証書遺言は有効な選択肢の一つです。必要に応じて専門家と相談のうえ、公正証書遺言のメリット・デメリットを検討してください。遺言書の作成支援は、私たち司法書士の重要な業務の一つです。詳しくは「自筆証書遺言の注意点|無効になる書き方など専門家が解説」のページもご参照ください。
②相続税対策の代表的な方法【生前贈与】
生前贈与は、元気なうちにご自身の財産を家族などに分け与えておくことで、将来の相続財産を減らし、相続税の負担を軽減する目的で行われます。特に、年間110万円までの贈与であれば贈与税がかからない「暦年贈与」の仕組みを活用し、長い期間をかけて計画的に行うことで大きな節税効果が期待できます。
ただし、「言った・言わない」のトラブルを防ぐために贈与契約書を作成することや、相続開始前一定期間内の贈与は相続財産に持ち戻されるルールがあるなど、専門的な注意点も多く存在します。税金が関わる手続きですので、安易な自己判断は禁物です。当事務所では、相続案件の経験がある税理士と連携しており、必要に応じて税務相談を調整・紹介しています。生前の贈与で不動産の名義を変える場合は、相続登記と贈与登記の違いや、関連する税金・手続きを比較し、最適な選択をすることが重要です。
③認知症による資産凍結を防ぐ【家族信託・任意後見】
判断能力の低下による資産凍結への備えとして、近年注目されているのが「家族信託」と「任意後見」です。
- 家族信託:信頼できるご家族に財産を託し、ご自身の決めた目的に従って管理・運用してもらう制度です。判断能力が低下した後も、不動産の売却やアパート経営などをスムーズに行える柔軟性が魅力です。詳しくは「家族信託とは」をご覧ください。
- 任意後見:将来、判断能力が不十分になった場合に備え、あらかじめご自身で選んだ代理人(任意後見人)に、財産管理や身上監護(介護サービスの契約など)を任せる契約です。家庭裁判所が選任する監督人がつくため、公的な監督下で安心して財産を任せられます。
どちらも元気なうちにしか契約できず、ご自身の希望やご家族の状況によって最適な選択肢は異なります。司法書士は、これらの手続きの専門家として、制度設計から契約書の作成、登記手続きまで一貫してサポートします。
④納税資金の確保や資産整理に【資産の組み換え】
「資産の組み換え」とは、今ある財産の形を変えることで、相続に備える対策です。
例えば、相続人間で分けにくい不動産(実家など)を元気なうちに売却して現金化しておけば、遺産分割がスムーズになり、争いを防ぐことができます。逆に、金融資産が潤沢にあり相続税の課税が想定される場合、これを不動産に変えておくことで課税対象となる資産の圧縮ができることもあります。
また、現金を生命保険に変えておくことも有効です。死亡保険金には「500万円 × 法定相続人の数」という非課税枠があるため、相続税の対象となる財産を減らしつつ、相続人が納税資金や当面の生活費としてすぐに使える現金を確保することができます。
司法書士は不動産売却の登記手続きに、社会保険労務士は公的保険や年金の知識に精通しています。当事務所では、複数の資格を活かした多角的な視点から、最適な資産の組み換えをご提案することが可能です。

生前対策はいつから始めるべき?年代別のポイント
「いったい、何歳くらいから始めればいいのだろう?」という疑問を持つ方も多いでしょう。結論から言えば、生前対策を始めるのに「早すぎる」ということはありません。思い立ったが吉日であり、何よりもご自身の判断能力がはっきりしている元気なうちに取り組むことが大切です。
ここでは、年代ごとのライフイベントと、生前対策を考える上でのポイントをご紹介します。
50代:親の相続と自身の将来を考え始める時期
50代は、ご自身の親の相続を経験し、初めて相続を「自分ごと」として意識する方が多い年代です。まだ体力・気力ともに充実しているこの時期は、生前対策の準備を始めるのに絶好のタイミングと言えます。
まずは、ステップ1でご紹介した「財産の棚卸し」から始めてみましょう。また、ご自身の想いやご家族へのメッセージ、各種手続きに必要な情報を書き留めておく「エンディングノート」の作成から手をつけるのもお勧めです。長期的な視点で生命保険への加入を検討するなど、時間をかけた対策を始めやすい時期でもあります。
60代:定年退職を機に本格的に取り組む時期
60代になると、定年退職などを機にご自身の人生を振り返り、セカンドライフを考える時間的な余裕が生まれます。この時期は、生前対策に本格的に取り組むのに最適なタイミングです。
50代で整理した財産や想いをもとに、より具体的に「遺言書の作成」や「生前贈与の計画」などを進めていくと良いでしょう。長年連れ添った配偶者への感謝の気持ちや、お子様たちへの想いを法的な形で残すことは、ご自身の人生の集大成とも言える、非常に意義のある作業です。
70代以降:判断能力が確かなうちに急ぎたい時期
70代以降は、ご自身の健康状態にも変化が現れやすい年代です。もしもの時に備え、判断能力が確かであるうちに、必要な対策をできるだけ早く実行に移すことが重要になります。
特に、認知症による資産凍結に備える「家族信託」や「任意後見契約」の必要性は、この年代からぐっと高まります。また、以前に作成した遺言書がある場合でも、ご家族の状況や財産内容の変化に合わせて、内容を見直すことも検討しましょう。「まだ大丈夫」と思っているうちに、早めに専門家へ相談することをお勧めします。

生前対策の相談はどこにする?専門家の選び方
生前対策は多岐にわたるため、「誰に相談すればいいのか分からない」というのも当然の悩みです。ここでは、主な専門家の役割の違いをご説明します。
司法書士:遺言・後見・信託など手続きの専門家
私たち司法書士は、「手続き」と「権利関係」の専門家です。遺言書の作成支援、任意後見契約、家族信託契約の組成、そして相続発生後の不動産の名義変更(相続登記)まで、生前対策から相続完了までの一連の手続きを担う中心的な存在です。「争族対策」や「認知症対策」を軸に生前対策を考えたい場合、まず最初に相談するのに最も適した専門家と言えるでしょう。
税理士:相続税の計算・申告の専門家
税理士は、その名の通り「税金」の専門家です。相続財産が多く、相続税がどのくらいかかるか心配な方、具体的な節税対策を知りたいという方は、税理士への相談が不可欠です。当事務所では、相続案件の経験がある税理士と連携しており、必要に応じて税務相談を調整・紹介しています。
弁護士:相続トラブル・紛争解決の専門家
弁護士は、「紛争解決」の専門家です。すでにご家族の間で対立が起きてしまっている場合や、将来的に裁判などでの争いに発展する可能性が高い場合には、弁護士が頼りになります。生前対策は、そもそも紛争を「予防」するためのものですので、多くの場合は司法書士がご相談窓口となりますが、万が一の際には、当事務所から信頼できる弁護士をご紹介することも可能です。
まとめ|円満な相続は、元気なうちの準備から
今回は、生前対策の全体像と、何から始めるべきかについて解説しました。
生前対策は、決して難しいことばかりではありません。まずは、今回ご紹介した3つのステップに沿って、ご自身の財産と想いを整理することから始めてみてください。
- ステップ1:財産と相続人の現状を把握する
- ステップ2:目的を明確にする(誰に・何を・どうしたいか)
- ステップ3:目的に合った対策方法を選択する
そして何より大切なのは、お一人で悩まないことです。生前対策は、ご自身の人生の集大成であり、ご家族への最後の贈り物です。その大切な想いを、間違いのない最適な形で実現するためには、専門家のサポートが不可欠です。
私たち、いがり綜合事務所(所在地:神奈川県川崎市川崎区宮前町12番14号 シャンボール川崎505号、代表司法書士:猪狩佳亮、所属:神奈川県司法書士会)は、川崎市・横浜市を中心に、これまで数多くのご家族の生前対策をお手伝いしてまいりました。司法書士・行政書士・社会保険労務士としての多角的な視点と、豊富な経験を活かし、あなたとあなたのご家族にとって最善のプランをご提案します。
「何から話せばいいか分からない」という方も、どうぞご安心ください。私たちが一つひとつ丁寧にお話を伺い、あなたの不安な心に「安心」をお届けします。まずは、お気軽にご相談ください。

司法書士・行政書士・社会保険労務士いがり綜合事務所の司法書士 猪狩 佳亮(いがり よしあき)です。神奈川県川崎市で生まれ育ち、現在は遺言や相続のご相談を中心に、地域の皆さまの安心につながるお手伝いをしています。8年の会社員経験を経て司法書士となり、これまで年間100件を超える相続案件に対応。実務書の執筆や研修の講師としても活動しています。どんなご相談も丁寧に伺いますので、気軽にお声がけください。
