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相続登記の名義は誰にすべき?まずは基本ルールを知ろう
大切なご家族が亡くなられた後、不動産の名義を誰にするかという問題は、多くの方が頭を悩ませる点のひとつです。「残された母の名義にすべきか、それとも子の自分が継ぐべきか…」と、ご家庭の状況によってさまざまな選択肢が考えられますよね。
相続登記の名義人を決めることは、単なる手続き上の問題ではありません。将来の税金や、ご家族のライフプランにも大きく関わる重要な決断です。まずは、名義人を決める上での基本的なルールから一緒に確認していきましょう。
原則は相続人全員の話し合い(遺産分割協議)で決める
亡くなられた方(被相続人)が遺言書を残していれば、原則としてその内容に従って名義人を決めます。しかし、遺言書がない場合は、相続人全員での話し合い、いわゆる「遺産分割協議」によって、不動産を誰がどの割合で相続するかを自由に決めることができます。
法律で定められた「法定相続分」という目安はありますが、必ずしもその通りに分ける必要はありません。例えば、相続人が配偶者と子2人の場合、全員が納得すれば、
- 配偶者の単独名義にする
- 長男の単独名義にする
- 特定の割合で共有名義にする
など、ご家族の状況に合わせて柔軟に決めることが可能です。大切なのは、相続人全員が合意し、その内容を「遺産分割協議書」という書面に残すことです。この合意が、相続登記の基礎となります。
なぜ名義人を慎重に選ぶ必要があるのか?
「とりあえず今回は母の名義にしておこう」と安易に決めてしまうと、後々思わぬ問題に直面することがあります。名義人選びを慎重に行うべき理由は、主に次の3つの観点から説明できます。
- 二次相続の問題
一次相続(今回の相続)だけでなく、次に起こる二次相続(例えば、今回相続した母が亡くなった時の相続)まで見据えることが重要です。誰が名義人になるかによって、将来の相続税の負担が大きく変わることがあります。 - 税金の問題
相続税だけでなく、不動産を登記する際の登録免許税や、将来売却した際の譲渡所得税など、さまざまな税金が関わってきます。誰の名義にするかによって、使える特例が異なり、納税額に差が出ることがあります。 - 将来の売却や管理の問題
不動産の名義人が将来、認知症などで判断能力が低下してしまうと、その不動産を売却したり、賃貸に出したりすることが事実上できなくなってしまいます。将来の資産活用も視野に入れた名義人選びが求められます。
このように、相続登記は「今」だけでなく「未来」を見据えた判断が不可欠なのです。

【ケース別】配偶者?それとも子?名義人ごとのメリット・デメリット
それでは、具体的に「配偶者」の名義にする場合と、「子」の名義にする場合では、どのような違いがあるのでしょうか。それぞれのメリット・デメリットを詳しく見ていきましょう。あわせて、選択肢として考えられる「共有名義」についても解説します。
ケース1:配偶者(母)の名義にする場合の利点と注意点
長年連れ添ったご自宅をご主人の名義で所有していた場合、残された奥様がそのまま引き継ぐケースは非常に多いです。精神的な安心感もあり、自然な選択肢と言えるでしょう。
【メリット】
- 精神的な安心感:「自分の家」として、これまでと変わらず安心して住み続けられます。これは何物にも代えがたい大きなメリットです。
- 相続税の優遇:「配偶者の税額軽減」という特例により、配偶者が相続した財産のうち、1億6,000万円または法定相続分のいずれか多い金額までは相続税がかかりません。相続税の負担を大きく減らせる可能性があります。
【注意点・デメリット】
- 二次相続での税負担増:一次相続で配偶者が多くの財産を相続すると、その配偶者が亡くなった二次相続の際に、子の相続税負担が重くなる可能性があります。
- 相続登記が2回必要になる:一次相続(父→母)と二次相続(母→子)で、2回相続登記を行う必要があります。その都度、登録免許税や司法書士への報酬といった費用がかかります。
- 認知症のリスク:名義人である配偶者が将来、認知症などで判断能力が低下すると、不動産の売却や建て替えなどが困難になる「資産凍結」のリスクがあります。
ケース2:子(長男など)の名義にする場合の利点と注意点
二次相続や将来の管理の手間を考え、一次相続の段階で子の名義にしておくという選択肢も有効です。特に、その家に親と同居している、あるいは将来住む予定がある子にとっては合理的な選択となることがあります。
【メリット】
- 相続登記が1回で済む:将来的に子が相続することを見越しているのであれば、今回(父→子)の1回で登記を済ませることができ、費用と手間を節約できます。
- 二次相続を考慮した対策が可能:二次相続の際に相続税の基礎控除が減る(相続人が少なくなるため)ことなどを考慮し、計画的に財産を承継できます。
- 親の認知症リスクを回避:不動産の名義が子になっていれば、親の判断能力に関わらず、子が不動産の管理や売却などの手続きをスムーズに行えます。
- 税金の特例が使える場合がある:亡くなった方と同居していた子が不動産を相続する場合、「小規模宅地等の特例」を使える可能性があります。この特例が適用されると、土地の評価額を最大80%減額でき、相続税を大幅に軽減できます。
【注意点・デメリット】
- 親の居住権が不安定になる可能性:子の名義になった家に親が住み続ける場合、法的には子の家に「住まわせてもらっている」形になります。親子関係が良好であれば問題ありませんが、万が一の関係悪化や、子が親より先に亡くなるなどの不測の事態も考慮が必要です。
- 他の兄弟姉妹との公平性:特定の子一人の名義にすると、他の兄弟姉妹との間で不公平感が生じ、トラブルの原因となることがあります。不動産以外の財産でバランスを取るなどの配慮が求められます。
参考:No.4124 相続した事業の用や居住の用の宅地等の価額の特例(小規模宅地等の特例)
ケース3:共有名義にするのは避けるべき?
法定相続分通りに相続するなど、複数の相続人の共有名義にすることも可能です。一見すると公平な分け方のように思えますが、専門家としては安易な共有名義はおすすめできません。
共有名義の不動産は、売却や大規模なリフォーム、建て替えなどを行う際に、共有者全員の同意が必要になります。一人でも反対すれば、何も進めることができません。
さらに、共有者が亡くなると、その持分はさらにその人の相続人に引き継がれていきます。相続を繰り返すうちに、会ったこともない親戚と不動産を共有するような事態になりかねず、権利関係がどんどん複雑化してしまうのです。
共有名義は、問題を将来に先送りするだけで、根本的な解決にならないケースがほとんどです。ただし、相続後すぐに売却することが決まっており、その代金を分割するような場合は、一時的な共有名義が有効なこともあります。
【専門家の視点】実際の相談事例から学ぶ判断ポイント
先日、当事務所にいらっしゃったご相談者様の事例をご紹介します。このお話は、制度や税金の話だけでは見えてこない、相続における「想い」の大切さを教えてくれます。
ご相談に来られたのは、ご主人を亡くされた奥様と、そのご長男様、ご長女様の3名でした。ご主人が遺された自宅マンションの名義を、現在一人で住んでいる奥様にするか、それともご長男様にするかで悩んでいらっしゃいました。
私はまず、それぞれの選択肢のメリットとデメリットを丁寧にご説明しました。
奥様名義の場合:
何より「自分の家」として安心して住み続けられる精神的なメリットは大きいこと。一方で、将来奥様が亡くなった時に再度相続登記が必要になり、費用が二重にかかること。そして、万が一認知症になってしまった場合に、ご自宅の売却などが難しくなる可能性があること。
ご長男様名義の場合:
登記が一度で済み、将来の費用や手間を省けること。お母様の認知症リスクを回避できること。一方で、お母様にとっては「息子の家に住まわせてもらう」という形になり、少し気持ちが落ち着かないかもしれないこと。

ひと通りご説明を終えた後、ご家族は静かに話し合いを始められました。ご長男様は「費用のことを考えたら僕の名義が良いかもしれないけど…」と言葉を濁し、奥様は少し不安そうな表情をされていました。
最終的に、ご家族が出された結論は「奥様の名義にする」というものでした。
決め手となったのは、奥様の「やっぱり自分の名義だと、これからも安心してこの家で暮らしていけるから」という一言でした。登記費用が2回かかるというデメリットを理解した上で、それでもなお、日々の暮らしの「安心感」を最も大切にしたいというお気持ちを、お子様たちも尊重されたのです。
本事例は一例です。相続の判断は個々の事情により異なります。ご家族がこれからどう暮らしていきたいか、何を一番大切にしたいかという「想い」が、最良の選択を導き出す鍵となります。私たちは、その想いを形にするためのお手伝いをさせていただいています。状況に応じて、認知症対策として家族信託のご提案を行うこともあります。
将来の認知症に備えるための生前対策とは?
先ほどの事例でも触れましたが、相続登記の名義人を考える際には、将来の認知症リスクへの備えも同時に検討することが非常に重要です。不動産の名義人が認知症などで判断能力を失うと、預貯金が引き出せなくなるだけでなく、不動産を売却したり、施設入所のための資金に充てたりすることができなくなります。これを「資産凍結」と呼びます。
こうした事態を避けるための代表的な対策が「家族信託」と「成年後見制度」です。
柔軟な財産管理を実現する「家族信託」
家族信託は、元気なうちに、信頼できる家族(例えば子)に自分の財産の管理や処分を託す契約です。あらかじめ「将来、介護施設に入所する際は、自宅を売却してその費用に充てる」といった目的を決めておくことで、本人の判断能力が低下した後でも、託された家族がスムーズに不動産を売却できます。
本人の意思に基づいて柔軟な財産管理のルールを設計できるのが大きな特徴です。詳しくは「家族信託とは」のページもご覧ください。
財産保護と身上監護を担う「成年後見制度」
成年後見制度は、すでに判断能力が不十分になった方のために、家庭裁判所が援助者(成年後見人)を選任し、本人の財産を保護する公的な制度です。財産管理だけでなく、介護サービスの契約など本人の生活を守るための「身上監護」も行います。
「手続きが面倒」「専門家への報酬が高い」といったイメージを持たれがちですが、例えば不動産売却後に財産が預貯金中心になった場合、場合によっては「後見制度支援信託」という仕組みを利用することで、専門職の後見人が辞任し、その後の報酬負担が軽減される可能性があります。必ずしも一生涯費用がかかり続けるわけではないのです(個別の事情により異なります)。ご本人の財産をしっかりと守るための、最後の砦ともいえる重要な制度です。詳細は「成年後見をご検討中の方へ」で解説しています。
まとめ:最適な名義人はご家族の状況と将来設計で決まる
ここまで見てきたように、相続登記の名義人を誰にするかという問題に、「これが唯一の正解」というものはありません。
- 配偶者名義は、精神的な安心感や相続税の優遇という大きなメリットがあります。
- 子名義は、登記の手間や費用を一度で済ませ、二次相続や認知症リスクに備えやすいという利点があります。
ご家族がこれからどう暮らしていきたいか、何を一番大切にしたいかという将来の設計によって変わってきます。それぞれのメリット・デメリットを踏まえ、ご家族で話し合って決めることが重要です。
二次相続の税金や認知症対策など、専門的な知識が必要な場面も多くあります。少しでも判断に迷われたり、ご不安を感じたりしたときは、専門家の視点を取り入れることが、後悔のない選択をするための近道になります。
相続登記の名義人選びでお悩みなら、いがり綜合事務所へご相談ください
相続登記の名義人選びは、ご家族の未来を左右する大切な決断です。税金のこと、将来のこと、そして何よりご家族のお気持ち。考えるべきことが多く、どうしたら良いか分からなくなってしまうこともあるかと思います。
私たち、司法書士・行政書士・社会保険労務士いがり綜合事務所は、神奈川県川崎市・横浜市を中心に、相続に関するご相談を承っております。単に手続きを代行するだけでなく、二次相続や認知症対策まで見据えた長期的な視点で、皆様の事情に合わせた最適な選択肢を一緒に検討します。
代表の猪狩佳亮は司法書士・行政書士・社会保険労務士の3つの国家資格を保有しており、不動産の名義変更から遺産分割協議書の作成、さらには年金の手続きまで、相続に関するお悩みに幅広く対応可能です(他の専門家と連携して対応する業務もございます)。
初回のご相談は無料です(1時間まで・事務所でのご相談に限ります)。平日の夜間(19時・20時開始)や土日祝日のご相談も、事前予約にて承っておりますので、お仕事でお忙しい方も、どうぞお気軽にご連絡ください。皆様の不安な心に「安心」を届けられるよう、誠心誠意サポートいたします。

司法書士・行政書士・社会保険労務士いがり綜合事務所の司法書士 猪狩 佳亮(いがり よしあき)です。神奈川県川崎市で生まれ育ち、現在は遺言や相続のご相談を中心に、地域の皆さまの安心につながるお手伝いをしています。8年の会社員経験を経て司法書士となり、これまで年間100件を超える相続案件に対応。実務書の執筆や研修の講師としても活動しています。どんなご相談も丁寧に伺いますので、気軽にお声がけください。
