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亡くなった親の貸金庫が「開かない」本当の理由
「親が亡くなり、銀行に貸金庫があることを伝えたら、手続きが終わるまで開けられないと言われた…」
ご親族を亡くされた悲しみの中、このような金融機関の対応に戸惑い、憤りを感じる方も少なくありません。「なぜ、相続人である私が開けられないのか」そのお気持ちは、もっともです。
しかし、金融機関が貸金庫をすぐに開けてくれないのには、明確な理由があります。それは、「相続財産の保全」と「金融機関自身の法的責任を回避するため」という、2つの大きな目的があるからです。
金融機関は、相続人のうちの一人から「開けてほしい」と言われても、他の相続人がいる可能性を無視できません。もし、一部の相続人だけで貸金庫を開けさせ、中から出てきた財産を独り占めされてしまったらどうなるでしょうか。後から現れた他の相続人から「銀行が勝手に開けさせたせいで、私の相続分がなくなった」と訴えられるリスクを負うことになります。
このようなトラブルを防ぐため、金融機関は原則として、相続人全員の同意(同意書・遺産分割協議書等での確認)が取れるまで貸金庫の開扉に応じない取扱いとし、あわせて預金口座を凍結するなどして財産を保全する措置をとるのが一般的です。一見すると不親切に思える対応ですが、これはすべての相続人の権利を守り、金融機関自身が法的な紛争に巻き込まれないための、いわば防衛策なのです。
まずはこの原則をご理解いただくことが、複雑に思える貸金庫の開封手続きをスムーズに進めるための第一歩となります。
【3ステップ】貸金庫開封の基本的な手続きと流れ
「では、具体的にどうすれば貸金庫を開けられるのか?」ここからは、その基本的な手順を3つのステップに分けて、分かりやすく解説していきます。この全体像を把握することで、次に何をすべきかが明確になるはずです。
貸金庫の開封手続きをはじめ、相続に関する一連の手続きについては、相続手続きの内容(遺産整理業務)でも体系的に解説しています。

ステップ1:金融機関への連絡と必要書類の確認
最初に行うべきことは、貸金庫を契約している金融機関への連絡です。まずは電話で構いませんので、契約者が亡くなったこと、そして貸金庫の開扉を希望していることを伝えてください。
このとき、必ず確認すべきポイントは以下の通りです。
- 担当部署:相続手続きの専門部署や担当者につないでもらいましょう。
- 手続きの流れ:その金融機関での具体的な手順を確認します。
- 必要書類:後述する一般的な書類に加え、金融機関独自の書式やルールがないかを確認することが非常に重要です。
メガバンク、地方銀行、信用金庫など、金融機関によって手続きの細かなルールは異なります。「他の銀行ではこうだった」という思い込みは禁物です。最初にしっかりと確認しておくことが、後々の手戻りを防ぎ、時間を無駄にしないための鍵となります。
ステップ2:相続人を確定し、必要書類を収集する
金融機関から案内された必要書類を収集します。これは、貸金庫開封手続きにおける最も重要な核心部分と言えるでしょう。一般的に、以下の書類が必要となります。
| 書類の種類 | なぜ必要か |
|---|---|
| 被相続人(亡くなった方)の出生から死亡までの連続した戸籍謄本・除籍謄本・改製原戸籍謄本 | 誰が法的な相続人であるかを確定させるため。これにより、隠れた相続人(前妻の子など)がいないことを証明します。 |
| 相続人全員の現在の戸籍謄本 | 相続人が現在も生存していることを証明するため。 |
| 相続人全員の印鑑証明書 | 金融機関所定の書類に押印する印鑑が、本人のものであることを証明するためです。 |
| 貸金庫の契約書や鍵、カード | 契約の事実と、開扉の権限を確認するため。 |
| 金融機関所定の依頼書 | 相続人全員が貸金庫の開扉に同意していることを示すための書類です。 |
特に重要なのが、被相続人の出生から死亡までの戸籍謄本一式です。これを集める過程で、ご家族が知らなかった相続人が判明するケースも決して珍しくありません。戸籍の収集は非常に手間がかかる作業であり、専門的な知識も必要となるため、この段階で司法書士などの専門家にご相談いただくのが賢明です。
戸籍謄本をまとめて法務局の証明書を取得する法定相続情報一覧図という制度を利用すると、その後の手続きがスムーズになる場合もあります。
ステップ3:予約日時に相続人全員で立ち会い、開扉する
必要書類がすべて揃ったら、金融機関に再度連絡し、開扉の日時を予約します。そして、予約した日時に開扉が行われます。相続人全員の立会いが望ましいとされますが、相続人全員の同意書がそろえば代表者のみで対応できるなど、取扱いは金融機関によって異なります。
当日は、金融機関の担当者も同席します。開扉後、中身を取り出し、全員で内容物を確認します。金融機関によっては、後々のトラブル防止のために内容物のリストを作成することもあります。
中身を確認した後は、通常、その場で貸金庫の解約手続きも行います。未払いの利用料があれば、精算を求められることもあります。
もし、相続人が遠方に住んでいるなどの理由で全員が集まることが難しい場合は、委任状で対応できることもありますが、これも金融機関のルールによります。必ず事前に確認が必要です。なお、手続きで提出する印鑑証明書については、金融機関側が「発行後○か月以内」などの条件を設けていることが多いため、注意しましょう。
【ケース別】相続人同士で揉めている場合の対処法
ここまでは、相続人同士の関係が良好で、協力し合える場合の基本的な流れです。しかし、現実には「一部の相続人が協力してくれない」「感情的なしこりがあり、顔を合わせたくない」といったケースも少なくありません。貸金庫の開封は、こうした相続人間の問題が表面化しやすい最初の関門とも言えます。
中には、相続人が行方不明で連絡が取れないという深刻な状況もあります。
このような困難な状況を乗り越えるための、法的な解決策をご紹介します。
司法書士が代理人として立会い・手続きを代行する
「相続人全員が集まるのは物理的に不可能」「他の相続人と直接話をしたくない」…そんなとき、司法書士が大きな力になります。
司法書士は、委任状に基づき、金融機関の取扱いに応じて、相続人の代理人として貸金庫の開扉手続きに関与できる場合があります。具体的には、以下のようなサポートが可能です。
- 金融機関との複雑なやり取りの代行
- 他の相続人への連絡や、手続きへの協力依頼
- 開扉当日の立会いの代行
専門家が第三者として間に入ることで、感情的な対立を避け、冷静かつ事務的に手続きを進めることができます。これにより、相続人の方々の物理的・精神的な負担を大幅に軽減することが可能になるのです。
【最終手段】公証人に立ち会ってもらう「事実実験公正証書」
相続人間の不信感が極度に高まっており、「貸金庫の中身を隠されるのではないか」「後から『もっと価値のあるものがあったはずだ』と主張されそうだ」といった深刻なトラブルが予想される場合には、選択肢の一つとして「事実実験公正証書」の作成を検討する方法があります。

これは、公証人という公的な立場の専門家が、貸金庫の開扉に自ら立ち会い、「いつ、どこで、誰が立ち会い、貸金庫から何が出てきたか」を客観的に記録し、公的な文書として証明してくれる制度です。
この公正証書を作成しておくことで、後日、貸金庫の内容物について争いが生じた際に、極めて強力な証拠となります。まさに「言った、言わない」の泥沼の争いを防ぐための切り札と言えるでしょう。
ただし、公証人に出張してもらうための費用や、スケジュール調整が必要になるというデメリットもあります。しかし、紛争が裁判にまで発展するリスクを考えれば、検討する価値は十分にあります。公証人は遺言書作成などで出張対応することもありますが、その役割は多岐にわたります。
参照:日本公証人連合会「Q2. 公正証書には、どのようなものがありますか?」
実録:公証人立会いで貸金庫を開封した事例
これは、私が実際に経験した事例です。
あるご相談で、亡きお父様の通帳履歴から貸金庫の存在が判明しました。相続人はお母様とお子様3人でしたが、そのうち二男様との関係が芳しくなく、貸金庫開封の連絡をしたところ、「代理人の弁護士を立ち会わせる」との返答がありました。
このままでは、後から「貸金庫にあったお金を隠したのではないか」といった疑いをかけられかねない。そう判断した私は、ご依頼者様に公証人の立会いを提案しました。幸い、二男様も「公証人が立ち会うなら」と納得され、当日は弁護士ではなくご本人が来られることになりました。
しかし、ここからが大変でした。公証人に銀行まで出張してもらう必要があるため、スケジュール調整が難航し、実際に開扉できたのは依頼から1ヶ月半後のことでした。
当日は、相続人全員と私が銀行に集まり、厳粛な雰囲気の中で手続きが始まりました。私が開扉から中身の取り出しまでの一部始終をスマートフォンの動画で撮影し、公証人は一つひとつの物品を丁寧に写真に収めていきました。この記録をもとに、後日、公証役場で「事実実験公正証書」が作成されました。
費用と時間はかかりましたが、この手続きを経たことで、貸金庫の内容に関する将来の争いの芽を、確実につみ取ることができたのです。専門家が介入することで、ここまで徹底した紛争予防が可能になるという一例です。
貸金庫から「遺言書」が出てきた!その時の正しい初動対応
貸金庫の開封は、時に相続の状況を一変させる「パンドラの箱」となることがあります。その最たるものが「遺言書」の発見です。
もし、貸金庫の中から封印された遺言書(特に自筆証書遺言)が見つかった場合、その場で開封せず、家庭裁判所での手続きに進む必要があります。これは法律で定められた、極めて重要なルールです。
見つかった遺言書は、家庭裁判所に提出し、「検認(けんにん)」という手続きを経る必要があります。検認とは、相続人全員に遺言書の存在を知らせ、その内容や状態(偽造や変造がされていないかなど)を裁判官が確認・保全する手続きです。
この検認手続きを経ずに勝手に遺言書を開封してしまうと、5万円以下の過料(罰金のようなもの)に処せられる可能性があります。それだけでなく、他の相続人から「内容を改ざんしたのではないか」と疑われる原因にもなりかねません。
公正証書遺言以外の遺言書を発見したら、まずは冷静に、封筒などに「遺言書在中」と記載し、速やかに家庭裁判所での検認手続きを進めましょう。この手続きも、司法書士がお手伝いできます。そもそも遺言書の探し方にはいくつかの方法があり、貸金庫はその一つに過ぎません。
参照:裁判所「遺言書の検認」
司法書士が語る貸金庫相続の注意点とよくある質問
最後に、これまでの実務経験から、貸金庫の相続に関してよくいただくご質問と、知っておいていただきたい注意点についてお答えします。
Q. 貸金庫の鍵を紛失してしまいました。どうすれば開けられますか?
A. 鍵を紛失した場合でも、開けることは可能です。まずは金融機関にその旨を届け出てください。その後、金融機関が保有する予備鍵などを用いて開けることになります。当然、シリンダーの交換も必要となり、これらの作業には数万円程度の費用がかかるのが一般的です。諦めずに、まずは金融機関に相談しましょう。
Q. 貸金庫の存在を隠して相続税を申告したらバレますか?
A. 発覚する可能性が高いとお考えください。税務署は、金融機関に対して非常に強い調査権限を持っています。税務調査が入れば、亡くなった方名義の貸金庫契約の有無は簡単に把握されてしまいます。もし、貸金庫内の現金や貴金属などを意図的に隠して申告した場合、悪質な脱税行為とみなされ、本来の税金に加えて重加算税という重いペナルティが課されることになります。安易な考えは絶対に禁物です。そもそも、相続税申告が必要かどうかを正確に判断することが重要です。
Q. 遺言書は貸金庫に保管しない方が良いのですか?
A. 専門家としては、貸金庫での遺言書の保管はあまりお勧めできません。この記事で解説してきた通り、亡くなった後に相続人全員の協力がなければ開封できず、遺言書の発見が遅れてしまう可能性があるからです。最悪の場合、遺言書の存在に誰も気づかないまま遺産分割協議が進んでしまうリスクすらあります。
生前の対策としては、偽造や紛失のリスクがなく、死後、相続人が検認手続きなしで内容を確認できる「公正証書遺言」を作成するか、法務局で自筆証書遺言を預かってもらえる「自筆証書遺言書保管制度」を利用するのが最も確実です。自筆証書遺言にはいくつかの注意点がありますが、保管方法もその一つです。
まとめ:貸金庫の開封は円満相続への第一歩。お困りなら専門家へ
亡くなった方の貸金庫を開けるという手続きは、単に扉を開けるという物理的な行為ではありません。それは、相続人全員が初めて故人の遺産と向き合い、協力して手続きを進める、円満相続への重要な第一歩なのです。
しかし、その手続きは複雑で、戸籍の収集や金融機関とのやり取りなど、多くの時間と労力を要します。特に、相続人同士の関係が良好でない場合には、この最初のステップでつまずき、深刻なトラブルに発展してしまうことも少なくありません。
もし、少しでも手続きに不安を感じたり、相続人同士での話し合いが難しいと感じたりしたときには、私たち司法書士にご相談ください。法的に正しい手順をご案内し、代理人として皆様の負担を軽減しながら、スムーズで円満な解決へと導きます。相続は時として「争続」になりますが、専門家が間に入ることで、そのリスクを大きく減らすことができます。
当事務所では、忙しい方の相続手続きを丸ごと代行することも可能です。まずはお気軽にご状況をお聞かせください。

司法書士・行政書士・社会保険労務士いがり綜合事務所の司法書士 猪狩 佳亮(いがり よしあき)です。神奈川県川崎市で生まれ育ち、現在は遺言や相続のご相談を中心に、地域の皆さまの安心につながるお手伝いをしています。8年の会社員経験を経て司法書士となり、これまで年間100件を超える相続案件に対応。実務書の執筆や研修の講師としても活動しています。どんなご相談も丁寧に伺いますので、気軽にお声がけください。
