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「弟に遺言を見せたくない…」遺言執行者になった方からのご相談事例
「父が亡くなり、遺言書が見つかりました。生前に父から『お前にすべての財産を相続させる。遺言執行者にもお前を指定した』と聞かされていた通り、自宅不動産も預貯金も、すべて私(長男)が相続する内容でした。ただ、家を出て音信不通になっている弟には、何も相続させないと書かれています。父と弟は昔から折り合いが悪かったので、父の気持ちも分かります。遺言執行者である私が手続きをすれば、弟に知らせなくても不動産の名義変更や預金の解約はできてしまうようです。このまま、弟の居場所を探さずに手続きを進めても問題ないのでしょうか…?」
これは、当事務所に実際に寄せられたご相談の一例です。遺言で遺言執行者に指定されたものの、その内容が他の相続人にとって厳しいものであった場合、「わざわざ伝えて波風を立てたくない」「どうせ関係も悪いし、知らせる必要はないのでは」と考えてしまうお気持ちは、痛いほどよく分かります。
しかし、その判断は、将来ご自身をさらに苦しめる、非常に大きなリスクを伴います。
この記事では、遺言執行者として同じようなお悩みを抱える方のために、法律で定められた義務と、それを怠った場合の重大なリスク、そして最も安全で円満な解決策について、相続を専門とする司法書士が分かりやすく解説します。
結論:遺言執行者は全相続人へ遺言内容を通知する義務がある
早速ですが、結論からお伝えします。遺言執行者は、任務を開始したとき、遅滞なく相続人に対して遺言の内容を通知する義務があります。実務上は、まず戸籍等で相続人を確定し、適切な方法(通常は書面送付など)で通知する必要があります。
これは、民法第1007条第2項に定められている、遺言執行者の重要な役割の一つです。
(遺言執行者の任務の開始)
第1007条
2 遺言執行者は、その任務を開始したときは、遅滞なく、遺言の内容を相続人に通知しなければならない。
「通知しなくても手続きは進められるのでは?」と思われるかもしれません。確かに、遺言執行者は遺言内容の実現のために不動産名義変更や預貯金の手続きを行う権限を有しますが、法務局や金融機関では遺言の種類や相続関係を示す書類、場合によっては家庭裁判所の手続き(自筆証書遺言の検認等)や遺言執行者の資格証明を求められるため、各機関の手続・要件に従う必要があります。しかし、それは「できる」ことと「やっていい」こととが全く違う問題です。法的な義務に違反していることに変わりはなく、後々深刻なトラブルに発展する火種を自ら作っているようなものなのです。
なぜ通知義務があるのか?その目的と背景
では、なぜ法律は遺言執行者に通知義務を課しているのでしょうか。その主な目的は、相続人たちの正当な権利を守るためです。
具体的には、相続人に以下のことを知らせ、権利を行使する機会を保障する狙いがあります。
- 相続が開始されたこと
- 遺言書が存在し、その内容がどうなっているか
- 遺留分(いりゅうぶん)など、法律で保障された最低限の相続分を主張するかどうかを検討する機会
遺言は、亡くなった方の最後の意思として最大限尊重されるべきものです。しかし、その内容が特定の相続人に不利益なものであった場合、その相続人には「遺留分」を請求する権利が保障されています。通知義務は、こうした権利があることを相続人自身が知り、適切に行使できるようにするための、公平性を担保する重要な制度なのです。
「疎遠だから」は通用しない!通知すべき相続人の範囲
「弟とは何十年も会っていないし、どこに住んでいるかも分からない」
「あの人には色々とお世話になったから知らせたいが、この人には知らせたくない」
こうした個人的な感情や関係性の濃淡は、法的な通知義務の前では一切通用しません。通知すべき「相続人」とは、戸籍上で相続権を持つすべての人を指します。たとえ面識がなくても、関係が険悪であっても、法律上の相続人である限り、通知の対象となります。
また、「連絡先が分からない」という理由も通用しません。遺言執行を行うために必要な範囲で、戸籍謄本を収集して相続人を確定することが通常行われます。住民票の取得等には取得要件や手続(本人確認や委任状等)があるため、実務上は適切な手続きを経て調査を行います。つまり、意図的に探さない限り「見つからない」ということはほとんどなく、義務から逃れることは現実的に不可能なのです。
通知義務を怠ることで生じる3つの重大なリスク
もし、この通知義務を「面倒だ」「トラブルになりそうだから」という理由で怠ってしまったら、どうなるのでしょうか。遺言執行者であるあなたには、主に3つの重大なリスクが降りかかります。

リスク1:相続人からの損害賠償請求
最も直接的で金銭的なリスクが、損害賠償請求です。通知を怠った(これを法律用語で「任務懈怠(にんむけたい)」と言います)ことで、他の相続人が何らかの損害を被った場合、その損害を賠償するよう求められる可能性があります。
典型的なのは、遺留分に関するケースです。遺留分を請求する権利(遺留分侵害額請求権)は、「相続の開始と遺留分を侵害する遺贈等があったことを知った時から1年間」という短い時効期間があります。もしあなたが通知しなかったために、他の相続人が遺留分の存在に気づかず、請求できる期間が過ぎてしまった場合、「あなたが通知してくれなかったせいで、遺留分を請求する権利を失った。その分の損害を賠償しろ」と訴えられるリスクがあるのです。
実際に、遺言執行者の任務懈怠を理由として、損害賠償責任を認めた裁判例も存在します。例えば、東京地裁平成19年12月3日判決では、遺言執行者が遺産目録の交付等を行わず、その結果相続人に具体的損害が生じたとして損害賠償を認めています。判例は当該事案の具体的事情に基づいて判断しているため、すべての未通知行為が直ちに賠償責任を生じさせるわけではありませんが、現実に起こりうる法的なリスクなのです。
リスク2:家庭裁判所による遺言執行者の解任
遺言執行者としての地位そのものを失うリスクもあります。遺言執行者が任務を怠っているなど「正当な事由」がある場合、相続人などの利害関係人は、家庭裁判所に対して遺言執行者の解任を申し立てることができます(民法1019条)。
もし解任が認められれば、あなたに代わって新たな遺言執行者が家庭裁判所によって選任されます。この場合、弁護士などの専門家が就任することが多く、結局は第三者の専門家が間に入って手続きを進めることになります。そうなれば、当初から専門家に依頼するよりも、かえって話が複雑になり、時間も費用も余計にかかってしまう可能性が高いでしょう。
リスク3:遺留分侵害額請求と深刻な親族トラブル
多くの方が恐れるのは、「通知をしたら、案の定、遺留分を請求されてしまった」という事態でしょう。しかし、本当に恐ろしいのはその先です。
通知をせずに手続きを進め、後からその事実が発覚した場合を想像してみてください。相手の相続人はどう思うでしょうか。「自分に隠れてこっそり手続きを進めていたのか」「財産を独り占めするつもりだったんだな」と、あなたに対する不信感は頂点に達するはずです。
そうなると、単に遺留分というお金の問題だけでは済まなくなります。感情的な対立が激化し、話し合いでの解決は困難になります。本来であれば避けられたはずの「争続」の泥沼に、自ら足を踏み入れることになるのです。円満な相続を実現するためには、たとえ耳の痛い話であっても、最初から誠実かつオープンに対応することが、結果的に最も賢明な道なのです。
遺言執行者の負担は重い!ご自身で対応できますか?
ここまで、通知義務とそのリスクについて解説してきましたが、そもそも遺言執行者の仕事は通知だけではありません。その業務は非常に多岐にわたり、専門的な知識と多くの時間を要します。
お仕事をしながら、あるいはご自身の家庭や介護をしながら、これらすべての手続きと法的なリスクを、たった一人で背負うことはできるでしょうか?特にご高齢の方が遺言執行者になった場合、その負担は計り知れません。

就任から完了までの主な業務フロー
遺言執行者が就任してから任務が完了するまでの、一般的な業務の流れを見てみましょう。
- 就任の承諾と相続人への通知
遺言執行者になることを承諾し、すみやかに全相続人へ遺言内容を通知します。 - 相続人の調査・確定
亡くなった方の出生から死亡までの連続した戸籍謄本等を取り寄せ、相続人が誰であるかを正確に確定させます。 - 相続財産の調査と財産目録の作成・交付
不動産、預貯金、有価証券など、プラスの財産から借金などマイナスの財産まで、すべての遺産を調査し、一覧にした「財産目録」を作成して、全相続人に交付します。 - 遺言内容に沿った各種手続きの実行
預貯金の解約・払戻し、不動産の名義変更(相続登記)、株式の名義書換、相続人への財産の分配など、遺言の内容を実現するための具体的な手続きを行います。 - 業務完了の報告
すべての手続きが完了したら、その経過と結果を相続人に報告します。
これらは、一つひとつが正確性を求められる煩雑な作業です。特に戸籍の収集や財産調査は、慣れていない方にとっては大変な手間と時間がかかります。
遺留分を侵害する遺言執行の難しさ
今回のご相談事例のように、遺言の内容が特定の相続人の遺留分を侵害している場合、遺言執行の難易度はさらに上がります。
他の相続人から遺言内容について質問されたり、反発を受けたりすることも十分に予想されます。その際に、遺言執行者はあくまで中立的な立場で、感情的にならず、法律に基づいて冷静かつ正確に対応しなければなりません。
ご自身も相続人の一人である当事者として、他の親族と対峙しながら、こうした難しい役割を担うことは、精神的にも大きな負担となるでしょう。
解決策は専門家への依頼!司法書士に任せるメリットと費用
では、どうすればこの重い責任とリスクから解放され、安全・確実に手続きを進められるのでしょうか。その最も有効な解決策が、紛争性の低い事案では、司法書士に依頼することで相続登記等の手続を一括して依頼できる場合があります。費用・対応範囲は事務所や事案により異なりますので、個別にお見積りください。
当事務所(いがり円満相続相談室、所在地:神奈川県川崎市川崎区宮前町12番14号 シャンボール川崎505号、代表司法書士:猪狩 佳亮、所属:神奈川県司法書士会)では、ご親族が遺言執行者に指定されたものの、ご自身で任務を遂行するのが難しいという場合に、その遺言執行業務を包括的にお引き受けしております。
司法書士の遺言執行費用相場は?
専門家に依頼するといっても、やはり気になるのは費用だと思います。司法書士が遺言執行者として業務を行う場合の報酬は、事務所によって異なりますが、一般的には以下のような料金体系が多く見られます。
| 遺産総額 | 報酬額の目安 |
|---|---|
| 5,000万円以下の部分 | 30万円~遺産額の1%程度 |
| 5,000万円超~1億円以下の部分 | 遺産額の0.8%~1%程度 |
| 1億円超~3億円以下の部分 | 遺産額の0.5%~0.8%程度 |
※上記はあくまで一般的な目安です。実際の報酬は事案の内容により変動しますので、個別にお見積りします。
※不動産の名義変更(相続登記)など、別途実費や司法書士の登記手数料がかかります。
司法書士は不動産登記の専門家でもあるため、遺言執行業務と相続登記をワンストップでご依頼いただくことができ、手続きがスムーズに進むというメリットもあります。
弁護士・信託銀行との費用比較
遺言執行は、司法書士の他に弁護士や信託銀行も行っています。それぞれの特徴と費用を比較してみましょう。
弁護士:
相続人間で既に紛争が発生している、あるいは調停や裁判になる可能性が高い事案では、代理人として活動できる弁護士への依頼が適しています。ただし、報酬は司法書士より高額になる傾向があります。
信託銀行:
遺言書の作成から保管、執行までを一貫して任せられる安心感がありますが、費用は最も高額です。最低報酬額が100万円以上(税別)に設定されていることが多く、さらに不動産の名義変更などが発生した場合は、提携の司法書士への費用が別途必要になるケースがほとんどです。
司法書士:
相続人間のトラブルを未然に防ぎながら、法的に正確な手続きを代行することを得意としています。費用も比較的リーズナブルで、特に紛争性の低い事案では、司法書士に依頼することで費用面で合理的な選択となる場合があります。費用・対応範囲は事務所により異なりますので、個別にご相談ください。当事務所のように、直接ご依頼いただくことで、信託銀行などを介するよりも費用を抑えられることが多くあります。
司法書士に依頼する4つの安心
遺言執行を司法書士に依頼することで、あなたは4つの「安心」を手に入れることができます。
- 【紛争リスク回避の安心】法的に求められる通知や報告を正確に行い、将来の損害賠償請求などのリスクを未然に防ぎます。
- 【時間と手間の解放】煩雑で時間のかかる戸籍収集、財産調査、各種名義変更手続きから解放され、ご自身の生活に集中できます。
- 【精神的負担の軽減】専門家が中立的な立場で他の相続人との窓口になるため、感情的な対立に巻き込まれる精神的なストレスを避けられます。
- 【ワンストップの利便性】遺言執行から不動産の名義変更(相続登記)まで、一貫して任せることができます。
そもそも、トラブルを招く遺言書にしないために
今回のご相談事例は、相続が起きてから問題が発覚したケースでした。しかし、本来であれば、このようなトラブルの種を内包した遺言書を作成する段階で、専門家が関与し、より良い内容を検討すべきでした。
これから遺言書の作成をお考えの方、あるいはご家族に作成を勧める立場の方は、ぜひ以下の2点を心に留めておいてください。これは、将来の「争続」を防ぐための、専門家からの切なるお願いでもあります。当事務所では、遺言書作成業務についてのご相談も承っております。

遺留分を考慮した内容を検討する
専門家の立場から申し上げると、そもそも特定の相続人の遺留分を完全に無視するような内容の遺言書は、トラブルの元になりやすく、あまりお勧めしません。亡くなった方の意思は尊重されるべきですが、それが原因で残された家族が争うことになっては、本末転倒です。
「この子にだけは財産を残したくない」という強いお気持ちがある場合でも、例えば遺留分に相当する金額を生命保険で準備しておくなど、他の方法で手当をすることで、紛争の可能性を大きく減らすことができます。遺言書を作成する際は、ぜひ遺留分への配慮を検討してください。
「公正証書遺言」で作成する重要性
今回のご相談は「自筆証書遺言」でした。手軽に作成できる反面、自筆証書遺言には大きなデメリットがあります。
- 亡くなった後、家庭裁判所で「検認」という手続きが必要になり、手間と時間がかかる。
- 形式の不備で無効になったり、内容の解釈を巡って争いになったりするリスクがある。
「費用がかかるから自筆で」とお考えの方もいらっしゃいますが、結局、検認手続きでも費用はかかります。それならば、作成時に公証役場で専門家(公証人)の関与のもと作成する「公正証書遺言」をお勧めします。公正証書遺言であれば、検認は不要ですし、内容の不備もなく、遺言者の意思が最も確実に実現されやすいという大きなメリットがあります。
まとめ:遺言執行者の重責は、相続の専門家にご相談ください
この記事の重要なポイントをもう一度振り返ります。
- 遺言執行者には、全相続人へ遺言内容を通知する法的な義務があります。
- 通知義務を怠ると、損害賠償請求や解任など、重大なリスクを負うことになります。
- 遺言執行者の業務は多岐にわたり、専門知識と多くの時間を要するため、個人で対応するのは大きな負担です。
- 相続の専門家である司法書士に依頼することで、リスクを回避し、安全・確実に手続きを進めることができます。
遺言執行者という責任ある立場に指定されたあなたの不安なお気持ち、そして故人の遺志を尊重したいという誠実なお気持ちを、どうか一人で抱え込まないでください。
「何から手をつければいいか分からない」「他の相続人とのやり取りが不安だ」と感じたら、それは専門家に相談するサインです。私たち司法書士は、あなたの代理人として、法律に基づき粛々と、そして円満な解決を目指して手続きを遂行します。それが、あなたご自身と、他のご親族を守る最善の道です。
いがり円満相続相談室(所在地:神奈川県川崎市川崎区宮前町12番14号 シャンボール川崎505号、代表司法書士:猪狩 佳亮、所属:神奈川県司法書士会)では、遺言執行に関する初回無料相談を承っております。まずはお気軽にお話をお聞かせください。

司法書士・行政書士・社会保険労務士いがり綜合事務所の司法書士 猪狩 佳亮(いがり よしあき)です。神奈川県川崎市で生まれ育ち、現在は遺言や相続のご相談を中心に、地域の皆さまの安心につながるお手伝いをしています。8年の会社員経験を経て司法書士となり、これまで年間100件を超える相続案件に対応。実務書の執筆や研修の講師としても活動しています。どんなご相談も丁寧に伺いますので、気軽にお声がけください。
