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相続不動産を売却して分ける「換価分割」とは?
「親が遺した実家を、きょうだいでどうやって公平に分けたらいいんだろう…」
「相続人が多くて、不動産をそのまま分けるのは難しそう…」
ご相続に直面された多くの方が、このような悩みを抱えていらっしゃいます。特に不動産は、物理的に分割するのが難しい財産の代表例です。そんなとき、有効な選択肢の一つとなるのが「換価分割(かんかぶんかつ)」という方法です。
換価分割とは、相続した不動産などの遺産を売却して現金に換え、その現金を相続人間で分け合う方法のことです。物理的に分けられない不動産も、現金にすることで1円単位で公平に分割できるため、相続人間のトラブルを防ぎやすいという大きなメリットがあります。
しかし、手続きが少し複雑で、売却によって得た利益には税金がかかります。さらに、あまり知られていませんが、翌年の社会保険料(国民健康保険料など)に影響が出る可能性もあるため、注意が必要です。
この記事では、相続専門の司法書士・行政書士・社会保険労務士が、換価分割の基本的な知識から、具体的な手続きの流れ、税金や社会保険料への影響まで、網羅的に分かりやすく解説します。この記事を読めば、換価分割の全体像を掴み、ご自身の状況に合った最適な選択をするための知識が身につくはずです。どうぞ安心して読み進めてください。

他の遺産分割方法との違い(現物分割・代償分割)
換価分割の理解を深めるために、他の遺産分割方法と比較してみましょう。遺産分割には主に「現物分割」「代償分割」「換価分割」の3つの方法があります。
分割方法 | 内容 | メリット | デメリット |
---|---|---|---|
現物分割 | 遺産をそのままの形で分ける方法(例:長男が土地、次男が預貯金) | 手続きがシンプル | 公平に分けるのが難しい。不動産は分けられない |
代償分割 | 特定の相続人が遺産を取得する代わりに、他の相続人に「代償金」を支払う方法 | 不動産を売却せずに済む | 遺産を取得する人に十分な資金力が必要 |
換価分割 | 遺産を売却して現金に換え、その現金を相続人で分ける方法 | 公平に分けられる。納税資金を確保できる | 売却の手間と税金がかかる。社会保険料に影響する場合がある |
どの方法が最適かは、遺産の内容や相続人の状況によって異なります。特に「代償分割」は、不動産を相続する方に十分な自己資金があれば有効な方法です。後の章で詳しく解説しますが、この代償分割で支払われる「代償金」は所得とはみなされないため、社会保険料に影響が出ないという特徴があります。
換価分割のメリット・デメリットを専門家が解説
換価分割を進めるべきかどうかを判断するために、そのメリットとデメリットを正しく理解しておくことが大切です。ここでは、専門家の視点からそれぞれのポイントを詳しく解説します。
メリット:公平な分割と納税資金の確保
換価分割の最大のメリットは、何といっても「公平性」です。
不動産を現物で分けようとすると、「兄がもらう土地の方が価値が高いのではないか」といった評価額をめぐるトラブルが起きがちです。しかし、不動産を売却して現金に換えれば、1円単位で明確に分けられるため、相続人間の不公平感をなくし、円満な解決につながりやすくなります。
また、「納税資金の確保」という実用的なメリットも見逃せません。相続税は原則として現金で、相続開始を知った日の翌日から10ヶ月以内に納付する必要があります。手元に現金が少ない場合でも、不動産を売却して得たお金を相続税の支払いに充てることができます。
デメリット:税金の発生と売却の手間
一方で、換価分割には注意すべき点もあります。
最も大きなデメリットは、「税金の発生」です。不動産を売却して利益(譲渡所得)が出た場合、その利益に対して「譲渡所得税」が課税されます。相続税とは別に発生する税金なので、事前にどのくらいの税金がかかるのかを把握しておく必要があります。
さらに、「売却の手間と時間」も考慮しなければなりません。信頼できる不動産会社を探し、査定を依頼し、売買契約を結び、引き渡しを行う…という一連のプロセスには、数ヶ月単位の時間がかかるのが一般的です。また、必ずしも希望する価格や時期に売れるとは限らないという不確実性も伴います。
換価分割の全手順を5ステップで徹底ガイド
「換価分割が良さそうだけど、具体的に何から始めればいいの?」という方のために、ここからは手続きの全体像を5つのステップに分けて解説します。

ステップ1:相続人全員で換価分割に合意する(遺産分割協議)
すべての手続きの出発点は、相続人全員での話し合い(遺産分割協議)です。遺産をどのように分けるかは、相続人全員の合意がなければ決定できません。一人でも「売りたくない」という方がいれば、換価分割を進めることはできません。
まずは、なぜ換価分割が最善と考えるのかを丁寧に説明し、全員の納得を得ることが重要です。もし話し合いがまとまらない場合は、家庭裁判所での調停や審判といった手続きに移行することになります。
ステップ2:遺産分割協議書を作成する【書き方と注意点】
相続人全員の合意が得られたら、その内容を「遺産分割協議書」という書面にまとめます。この書類は、後の相続登記や税務申告で必要となる非常に重要なものです。
換価分割の場合、遺産分割協議書には以下の2点を必ず明記してください。
- 不動産を売却して、その代金を分割する「換価分割」を行う旨
- 売却代金の具体的な「分配割合」(例:長男Aが2分の1、次男Bが2分の1)
これらの記載がないと、税務署から「代表者がいったん不動産をすべて相続し、他の相続人にお金を贈与した」とみなされ、思わぬ贈与税が課されるリスクがあります。専門家が作成する際は、必ずこれらの点を盛り込みます。
【記載例】相続人全員は、下記不動産を換価分割することに合意し、相続人〇〇〇〇(代表者名)がこれを取得する。不動産の売却代金から諸費用を控除した残額を、下記の割合で分配する。
・相続人 〇〇 〇〇:2分の1
・相続人 △△ △△:2分の1
ステップ3:不動産の名義変更(相続登記)を行う
遺産分割協議書が完成したら、次はその内容に基づいて法務局で不動産の名義変更(相続登記)の手続きを行います。亡くなった方の名義のままでは不動産を売却できないため、この相続登記は必須です。
登記の方法には、主に2つのパターンがあります。
- 相続人全員の共有名義にする(共同登記)
法定相続分や遺産分割協議で決めた持分割合で、全員の名義に登記する方法です。公平性は高いですが、売却手続き(売買契約など)の際に相続人全員の実印や印鑑証明書が必要となり、手続きが煩雑になるデメリットがあります。 - 代表者一人の名義にする(単独登記)
遺産分割協議で代表者を一人決め、その方の名義に登記する方法です。売却手続きは代表者一人が窓口となって進められるため、他の相続人の手間が大幅に省け、スムーズに手続きが進みます。実務上はこちらの方法が選択されることが多いです。
ステップ4&5:不動産売却と代金分配・確定申告
相続登記が完了し、不動産の名義が相続人に移ったら、いよいよ不動産会社に仲介を依頼して売却活動を開始します。買主が見つかり、売買契約、決済・引き渡しが完了すると、売却代金が支払われます。
受け取った売却代金から、不動産会社の仲介手数料や登記費用などの諸経費を差し引いた金額を、遺産分割協議書で定めた分配割合に従って、各相続人に分配します。
そして最後に、不動産を売却して利益が出た相続人は、売却した翌年の2月16日から3月15日までの間に、各自で確定申告を行い、譲渡所得税を納税する必要があります。これで換価分割の一連の手続きは完了です。
【税金】換価分割で注意すべき譲渡所得税と贈与税のリスク
換価分割を検討する上で、税金の問題は避けられません。特に「譲渡所得税」と、手続きを誤った場合の「贈与税」のリスクについて、正しく理解しておきましょう。
売却益にかかる「譲渡所得税」の計算方法と税率
譲渡所得税は、不動産を売却して得た「利益」に対してかかる税金です。計算式は以下の通りです。
譲渡所得 = 売却価格 ー (取得費 + 譲渡費用)
- 取得費:その不動産を被相続人(亡くなった方)が購入したときの代金や手数料など。
- 譲渡費用:売却にかかった仲介手数料や登記費用など。
相続した不動産の場合、注意が必要なのは「取得費」です。被相続人がいつ、いくらでその不動産を買ったかが分かる売買契約書などがあれば、その金額を使えます。しかし、古くからの土地などで取得費が不明な場合は、売却価格の5%を「概算取得費」として計算することができます。
計算された譲渡所得に、所有期間に応じた税率をかけて税額が決まります。
所有期間(被相続人の所有期間を引き継ぐ) | 区分 | 税率(所得税+住民税+復興特別所得税) |
---|---|---|
5年以下 | 短期譲渡所得 | 39.63% |
5年超 | 長期譲渡所得 | 20.315% |
なお、被相続人が住んでいた家を売却する場合など、一定の要件を満たせば、譲渡所得から最高3,000万円を控除できる特例(空き家の3,000万円特別控除)を使える可能性があります。この特例が使えるかどうかで納税額は大きく変わりますので、専門家への確認をおすすめします。
手続きを間違うと発生する「贈与税」のリスクとは?
換価分割で最も避けたいのが、予期せぬ「贈与税」の発生です。
特に、手続きをスムーズにするために代表者一人の名義(単独登記)で売却した場合に、このリスクが生じます。
もし、遺産分割協議書に「換価分割を目的とすること」や「代金の分配割合」が明記されていないと、税務署は次のように解釈する可能性があります。
「この不動産は、いったん代表者が単独で相続した。その後、売却代金を他の相続人に渡したのは、代表者から他の相続人への『贈与』である。」
このように判断されると、お金を受け取った他の相続人に高額な贈与税が課されてしまうのです。これを防ぐためにも、「換価分割であること」を明確に記載した遺産分割協議書の作成が、法務・税務の両面から極めて重要になります。
【社会保険料】換価分割が国民健康保険料に与える影響と注意点
税金と並んで、多くの方が見落としがちなのが「社会保険料」への影響です。特に、自営業の方やご高齢の方が相続人にいる場合、換価分割によって翌年の社会保険料が大幅に上がってしまう可能性があります。

なぜ換価分割で社会保険料が上がるのか?その仕組みを解説
国民健康保険料や後期高齢者医療保険料(75歳以上の方)は、前年1年間の「総所得金額等」を基に計算されます。一般に、不動産を売却して得た譲渡所得もこの算定基礎に含まれるため、保険料に影響を与えることがあります。ただし、実際の保険料への反映方法は、お住まいの自治体の計算方法や、適用される税制特例(例:3,000万円の特別控除など)、確定申告の結果によって異なりますので、事前に自治体窓口や税理士・社会保険労務士にご確認ください。
会社員と自営業者・高齢者で影響は異なる
この影響は、相続人が加入している公的医療保険の種類によって異なります。
- 会社員の方(協会けんぽ・組合健保など)
会社員の健康保険料は、毎月の給与(標準報酬月額)を基に決まります。そのため、不動産の譲渡所得がいくらあっても、原則として翌年の健康保険料には影響しません。 - 自営業者・フリーランスの方(国民健康保険)
前年の所得に直接連動して保険料が決まるため、影響を大きく受けます。自治体によっては年間の上限額が設定されていますが、上限に達するほどの負担増になるケースも少なくありません。 - 75歳以上の方(後期高齢者医療保険)
国民健康保険と同様に、前年の所得に応じて保険料が決まるため、影響を大きく受けます。また、所得が増えることで、病院での窓口負担割合が1割から2割に上がる可能性もあります。
対策は?代償分割なら社会保険料への影響を回避できる
もし、相続人の中に自営業の方やご高齢の方がいて、社会保険料の負担増が懸念される場合、対策はあるのでしょうか。
その一つの解決策が、冒頭でご紹介した「代償分割」です。
例えば、相続人の一人が不動産を相続し、その代わりに他の相続人へ自己資金から「代償金」を支払う方法です。この代償金は、適切に作成された遺産分割協議書に基づいている場合、通常は受け取った方の所得とはみなされず、社会保険料の算定基礎に含まれないことが多いです。ただし、遺産分割の内容や書面の記載、税務署の判断によっては取り扱いが変わる可能性もあるため、事前に税理士や社会保険労務士へご相談ください。
不動産を相続する方に十分な資金力が必要という条件はありますが、税金だけでなく社会保険料という「隠れたコスト」まで含めて総合的に判断すると、代償分割が有利になるケースもあります。どの分割方法が最適か、専門家と相談しながら慎重に検討することが大切です。
【事例】遠方の相続人がいても換価分割をスムーズに進めたケース
ここで、当事務所で実際にサポートさせていただいた事例を、個人が特定されないよう内容を一部変更・要約してご紹介します。
ご相談に来られたのは、亡くなったおじ様の相続人である甥の方でした。被相続人は生涯独身で、法定相続人はきょうだい4人と、先に亡くなっていたきょうだいの子供である甥姪5人の、合計9名にものぼる複雑な状況でした。
【Challenge(直面していた課題)】
主な遺産は都内のマンションでしたが、相続人9名のうち半数以上が遠方にお住まいでした。「誰も住む予定がないので、マンションを売却して公平に分けたいが、全員が手続きのたびに集まるのは現実的に不可能。どうすればスムーズに進められるか」というのが、ご相談者様の最大の悩みでした。
【Solution/Action(取った行動と戦略)】
私たちは、このようなケースで最もスムーズな方法として、「代表相続人を一人決めて単独名義に登記し、その方が売却手続きを進める」という換価分割をご提案しました。相続人全員の共有名義にしてしまうと、売買契約や引き渡しの際に全員の立ち会いが必要となり、遠方の方がいる場合は非常に困難になるからです。
当事務所で遺産分割協議書を作成し、遠方にお住まいの相続人様には郵送で書類のやり取りを行いました。皆様にご署名と実印の押印をいただき、無事に代表者様への単独名義での相続登記を完了させました。
【Result(得られた結果)】
その後、代表者様が窓口となり、不動産会社とのやり取りや売買契約を進め、スムーズに売却が完了。売却代金は、遺産分割協議書で定めた割合通りに、各相続人様の口座へ送金されました。遠方にお住まいの方々も、一度もこちらへお越しいただくことなく、すべての手続きを終えることができました。
【Expert Insight(専門家の考察)】
いわゆる「おひとり様」の相続では、ご自宅が空き家となり、売却ニーズが高まる傾向にあります。今回のケースのように相続人が多数かつ遠方にいる場合、代表相続人の単独名義で換価分割を進める方法は非常に有効です。なお、売却で利益が出たため、提携する税理士をご紹介し、相続人全員の譲渡所得税の申告も無事に完了しました。法務・税務の両面からサポートすることで、複雑な案件も円満に解決へと導くことができました。
換価分割のお悩みは、相続の専門家にご相談ください
ここまでご覧いただいたように、換価分割は遺産である不動産を公平に分けるための有効な手段です。しかし、その手続きは遺産分割協議から相続登記、売却、そして税金の申告、さらには社会保険料への影響まで、非常に多岐にわたる専門知識が求められます。
特に、税務上のリスクを回避するための遺産分割協議書の作成や、ご自身の状況に合わせた最適な分割方法の選択は、専門家のサポートなしでは難しいのが実情です。
「自分たちの場合は、どの方法が一番いいんだろう?」
「手続きが複雑で、何から手をつけていいか分からない…」
もし少しでもご不安を感じたら、どうか一人で悩まずに、私たち相続の専門家にご相談ください。司法書士・行政書士・社会保険労務士いがり綜合事務所(所在地:神奈川県川崎市川崎区宮前町12番14号 シャンボール川崎505号/代表:司法書士 猪狩 佳亮/所属:神奈川県司法書士会)は、3つの資格を活かし、不動産の名義変更から、税金、社会保険料の問題まで、ワンストップで皆様をサポートいたします。
私たちは、皆様のお心に寄り添い、誠実な対応で円満な相続の実現に向けて全力で業務に取り組みます。まずはお気軽にお話をお聞かせください。

司法書士・行政書士・社会保険労務士いがり綜合事務所の司法書士 猪狩 佳亮(いがり よしあき)です。神奈川県川崎市で生まれ育ち、現在は遺言や相続のご相談を中心に、地域の皆さまの安心につながるお手伝いをしています。8年の会社員経験を経て司法書士となり、これまで年間100件を超える相続案件に対応。実務書の執筆や研修の講師としても活動しています。どんなご相談も丁寧に伺いますので、気軽にお声がけください。