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相続人に海外在住者がいても、相続登記は通常可能です
「相続人のひとりが海外に住んでいるのだけれど、不動産の相続登記はちゃんとできるのだろうか…」
「日本にいないと、印鑑証明書や住民票が取れないって聞いたけど、どうしたらいいの?」
大切なご家族が亡くなられ、悲しみの中で相続手続きを進めなければならない中、相続人の方が海外にお住まいだと、このような不安を抱えてしまうのは当然のことです。物理的な距離や時差、そして必要となる書類の違いから、手続きが止まってしまうのではないかと途方に暮れていらっしゃるかもしれません。
でも、どうぞご安心ください。「相続人の中に海外在住の方がいらっしゃっても、通常は相続登記が可能です。ただし、ケースにより別途手続(相続人不明の調査や家庭裁判所手続等)が必要となる場合がありますので、まずは個別にご相談ください。」
確かに、日本国内だけで手続きが完結する場合と比べて、いくつか特別な書類が必要になったり、やり取りに少し時間がかかったりすることは事実です。しかし、正しい手順と必要な知識があれば、必ず乗り越えることができます。
この記事では、相続を専門とする司法書士が、海外在住の相続人がいる場合の相続登記について、具体的な必要書類から手続きの流れ、そして実際のサポート事例まで、分かりやすく丁寧にご説明します。読み終える頃には、漠然とした不安が解消され、「こうすれば進められるんだ」という具体的な道筋が見えているはずです。どうぞ、肩の力を抜いて読み進めてみてくださいね。

【事例】アメリカ在住の相続人がいる相続登記サポート実例
まずはじめに、「過去の相談事例(複数の事例を組み合わせています)をご紹介します。
ある日、お父様を亡くされたという方から、「ご自宅不動産の相続登記を進めたいのですが…」というご相談をいただきました。しかし、その方には一つ、大きな心配事がありました。
「実は、相続人の一人である弟が海外赴任中で、アメリカのロサンゼルスに住んでいるのです。この状況で、手続きを進めることは可能なのでしょうか?」
ご相談者様は、弟様が日本にいないことで手続きが頓挫してしまうのではないかと、大変ご不安な様子でした。
私はまず、ご安心いただくためにこうお伝えしました。「大丈夫ですよ。海外にお住まいでも、必要な手続きを踏めば必ず相続登記はできます」。
海外在住の日本国籍者は、住民登録をしていない場合、原則として日本国内の印鑑証明を取得できないことが多いため、印鑑証明の代替として署名証明書等が求められることがあります。国内に印鑑登録が残っている等の例外があるため、個別に確認してください。
そこで、その代わりとなる「署名証明書(サイン証明書)」と「在留証明書」を現地の日本大使館(または領事館)で取得していただくことで、一般には印鑑証明・住民票の代替として手続きを進められることが多いですが、提出先により追加書類や形式の指定があるため、事前確認が必要です。」
ただ、日本のようにコンビニで簡単に証明書が取れるわけではありません。現地の日本大使館まで足を運んでいただく必要があり、何度も行くのは大変です。そこで、私たちは次のようなアドバイスをさせていただきました。
「相続登記だけでなく、銀行預金や証券会社の手続きでも同じ書類が必要になる可能性があります。何度も大使館に行く手間を省くためにも、不動産用だけでなく、金融機関の手続きも見越して、複数枚まとめて取得しておくことをお勧めします」
また、相続登記に使う署名証明書や在留証明書には、記載内容にいくつか注意すべき点があります。二度手間にならないよう、事前に私たちがチェックした遺産分割協議書(案)をメールで弟様にお送りし、大使館へ行かれる前に具体的な注意点をお伝えしました。
その後、弟様にご署名いただいた書類を国際郵便で返送いただき、無事に相続登記を完了することができました。
国際化が進む現代において、このようなご相談は決して珍しくありません。通常のケースより少し時間はかかりますが、私たち専門家が間に立ち、海外にお住まいの方へ的確なご案内をすることで、コミュニケーションの不安を解消し、スムーズに手続きを進めることが可能です。
なぜ手続きが複雑に?海外在住者の相続登記で変わる3つのこと
「海外在住の相続人がいると、なぜ手続きが複雑になるの?」と疑問に思われるかもしれません。その理由は、日本の行政手続きの根幹である「住民登録」と「印鑑登録」が、海外在住の方にはないからです。この違いによって、主に以下の3つの点が通常の手続きと変わってきます。
①印鑑証明書 → 署名証明書(サイン証明書)に
遺産分割協議書には、「この内容に全員が合意しました」という意思を証明するために、相続人全員が実印で捺印し、印鑑証明書を添付するのが原則です。しかし、海外在住者は日本の市区町村に住民登録がないため、印鑑登録ができず、印鑑証明書を取得できません。
そこで、印鑑証明書の代わりとして、本人が確かに署名したことを在外公館(現地の日本大使館や領事館)が証明してくれる「署名証明書(サイン証明書)」が必要になります。
②住民票 → 在留証明書に
相続登記では、不動産を新たに取得する相続人の住所を証明するために、住民票の写しが必要です。これも同様に、海外在住者は住民登録がないため住民票を取得できません。
その代わりとなるのが、海外での住所を在外公館が証明してくれる「在留証明書」です。これにより、その方が確かにその住所に住んでいることを公的に証明します。
③書類の取得場所が「在外公館」になる
上記の「署名証明書」と「在留証明書」は、日本の市役所や区役所では取得できません。取得場所は、その方がお住まいの国にある日本の大使館や領事館(これらを総称して「在外公館」と呼びます)になります。
日本国内のように気軽に役所の窓口へ行く、というわけにはいかない点が、手続きを難しく感じさせる一因と言えるでしょう。
【完全ガイド】海外在住者の相続登記で必要な特別書類の集め方
それでは、具体的に「署名証明書」と「在留証明書」をどのように取得すればよいのか、司法書士の視点から注意点も交えて詳しく解説します。海外にお住まいのご家族に依頼する際に、この内容を伝えていただくとスムーズです。
署名証明書(サイン証明書)の取得方法と注意点
署名証明書は、本人が在外公館に出向き、領事の目の前で書類に署名(サイン)することで発行されるものです。
【重要ポイント】
「署名証明書は一般に貼付型(形式1)と単独型(形式2)の2種類があります。当事務所の取り扱い事例では、遺産分割協議書を提出する際は単独型でよいとする法務局が多いように感じますが、より確実なのは貼付型です。管轄によって必要形式が異なるため、事前に申請する法務局へ確認してください。」
- 貼付型(形式1):持参した遺産分割協議書と証明書が一体になったもの。書類が複数ページにわたる場合は、割印(わりいん)もしてもらえます。「この書類に本人が署名した」ことを直接証明する、最も確実な方法です。
- 単独型(形式2):署名した紙が単独で発行されるもの。日本の印鑑証明書のようなイメージです。金融機関の手続きなどではこちらが使われることもあります。
【手続きの流れと注意点】
- 事前に遺産分割協議書を準備する:日本にいる相続人が、まず遺産分割協議書を作成します。この段階ではまだ誰も署名・捺印しません。
- 遺産分割協議書を海外へ送付する:完成した遺産分割協議書(案)を、メールや国際郵便で海外在住の相続人に送ります。
- 在外公館へ本人が出向く:海外在住の相続人が、パスポートと送られてきた遺産分割協議書を持って、管轄の在外公館へ行きます。絶対に、事前に署名してはいけません(貼付型の場合)。
- 領事の目の前で署名する:担当官である領事の目の前で、遺産分割協議書の署名欄にサインをします。
- 証明書の発行:署名した遺産分割協議書に証明書を綴じ合わせ、割印を押してもらったものを受け取ります。
在留証明書の取得方法と注意点
「在留証明書は、不動産を相続する海外在住の相続人の住所を証明するために求められることが多い書類です(不動産を相続しない場合は通常不要)。提出先によって要否が異なるため、事前に確認してください。」
【手続きの流れと注意点】
- 必要書類を準備する:
- 有効な日本国パスポート
- 現住所が確認できる書類(例:公共料金の請求書、運転免許証など)
- (相続登記で使う場合)戸籍謄本など、本籍地の地番まで確認できる書類
- 在外公館へ本人が出向く:準備した書類を持って、管轄の在外公館へ行きます。
- 証明書の発行:申請書に必要事項を記入し、証明書を発行してもらいます。
【実務上のアドバイス】
相続登記で在留証明書を使用する場合、単に住所が記載されているだけでなく、「本籍地(番地まで)」の記載もしてもらうと、後の手続きがよりスムーズに進むことがあります。申請時に申し出るようにしましょう。

海外在住の相続人がいる場合の相続手続き 5つのステップ
書類のことがわかったところで、相続が発生してから登記が完了するまでの全体像を5つのステップで確認しましょう。ご自身が今どの段階にいるのかを把握するのにお役立てください。
ステップ1:相続人の確定(戸籍収集)
まず、誰が法的な相続人になるのかを確定させる必要があります。これは、亡くなられた方(被相続人)の出生から死亡までの連続した戸籍謄本(除籍謄本、改製原戸籍謄本)と、相続人全員の現在の戸籍謄本を集めることで行います。この作業は、相続人が海外にお住まいでも日本国内の役所で行う必要があります。戸籍の収集は専門的な知識が必要で時間もかかるため、相続人調査・戸籍謄本の取得代行サービスを利用される方も多くいらっしゃいます。
ステップ2:遺産分割協議と協議書の作成
相続人全員が確定したら、誰がどの財産を相続するのかを話し合います。これを「遺産分割協議」と呼びます。海外在住の方とは、時差を考慮しながらメールや国際電話、Zoomなどのビデオ通話を使って協議を進めるのが現実的です。全員の合意がとれたら、その内容を「遺産分割協議書」という書面にまとめます。
ステップ3:海外在住者に必要書類の取得を依頼
ステップ2で作成した遺産分割協議書(案)を海外在住の相続人に送ります。そして、現地の在外公館で前述の「署名証明書(貼付型)」と、必要に応じて「在留証明書」を取得してもらいます。このとき、ただ書類を送るだけでなく、取得が必要な書類のリスト、取得時の注意点をまとめた案内状、在外公館の連絡先などを一緒に送ると、相手の方も安心して手続きを進めることができます。私たち専門家にご依頼いただいた場合は、こうした案内もすべて作成し、ご本人様に直接ご説明いたします。
ステップ4:書類の返送と登記申請の準備
海外で署名・証明してもらった書類が、国際郵便などで日本に返送されてきます。無事に届いたら、日本国内の相続人の署名・実印での捺印を行い、印鑑証明書を取得します。その他、固定資産評価証明書など登記に必要な書類をすべて揃え、申請書の準備を整えます。国際郵便は時間がかかることもあるため、スケジュールには余裕を持っておきましょう。
ステップ5:法務局へ相続登記を申請
すべての書類が揃ったら、不動産の所在地を管轄する法務局へ相続登記を申請します。これでようやく不動産の名義が書き換わります。海外在住の方が関わる相続登記は、書類のやり取りや確認事項が複雑になりがちです。手続き全体を司法書士に任せることで、書類の不備や手戻りを防ぎ、正確かつスムーズに登記を完了させることができます。

相続登記が進まない…よくある質問と司法書士による解決策
ここでは、海外在住の相続人がいるケースで、ご相談者様からよく寄せられる質問にお答えします。「できないかもしれない」という不安を解消していきましょう。
Q. 海外在住の相続人と連絡が取りにくいのですが…
A. コミュニケーションの窓口を専門家に任せるのも一つの方法です。
時差があったり、相手の生活リズムが分からなかったりすると、連絡を取るタイミングも難しいですよね。基本的なやり取りはメールで行い、要点を整理して簡潔に伝えることを心がけると良いでしょう。複雑な内容を話し合う必要がある場合は、事前に日時を決めてビデオ通話をするのが効果的です。
もし、ご自身でのやり取りが大きな負担になっている場合は、私たち司法書士が間に入ることも可能です。『専門家に依頼することで手続きの負担軽減や書類不備の防止が期待できます。依頼の有無は個々の判断により異なりますので、メリット・デメリットを説明の上でご案内します。』
Q. 書類取得のために一時帰国する必要はありますか?
A. 原則として、一時帰国の必要はありません。
ご紹介した通り、必要な証明書は現地の在外公館で取得できます。また、Zoom等のオンライン面談、メール、国際郵便で対応できますので、この手続きのためだけにわざわざ帰国していただく必要はありません。ご安心ください。
Q. 手続きを専門家に任せるメリットは何ですか?
A. 時間と手間の削減はもちろん、精神的な安心感が一番のメリットです。
司法書士にご依頼いただくメリットは、主に以下の4点です。
- 複雑な手続きの代行:戸籍収集から遺産分割協議書の作成、法務局への申請まで、面倒な手続きをすべて代行します。
- 海外在住者への的確な指示:専門家の視点から、海外にお住まいの方へ「いつ、どこで、どの書類を、どのように取得すればよいか」を具体的に、分かりやすくご案内します。これにより、ミスや手戻りを防ぎます。
- コミュニケーションの円滑化:相続人間の「連絡役」となり、中立的な立場で手続きを進めることで、精神的なご負担を大きく軽減します。
- 法的な正確性の担保:法律の専門家として、すべての手続きを正確に行い、将来的なトラブルの芽を摘みます。
特に海外とのやり取りは、少しの認識の違いが大きな時間のロスに繋がることがあります。専門家に任せることで、こうした不安から解放され、安心して日常を過ごしていただけることが最大のメリットだと考えています。
まとめ:海外在住の相続人がいても、専門家と連携すれば安心です
この記事では、相続人の中に海外在住の方がいらっしゃる場合の相続登記について解説しました。
最後に、大切なポイントをもう一度確認しましょう。
- 海外に相続人がいても、相続登記はできます。
- 印鑑証明書の代わりに「署名証明書」、住民票の代わりに「在留証明書」を現地の在外公館で取得します。
- 不動産登記で使う署名証明書は、遺産分割協議書と一体になった「貼付型」がより確実です(単独型で登記できる法務局もある)。
- 手続きが複雑で不安な場合は、一人で抱え込まず、専門家である司法書士に相談するのが最も確実で安心な解決策です。
物理的な距離は、心の距離まで離してしまうことがあります。特に相続というデリケートな問題では、手続きの煩雑さが、ご家族の間のコミュニケーションを難しくしてしまうことも少なくありません。
私たち「いがり円満相続相談室」は、手続の代行に加えてご相談者様に寄り添い、可能な限り丁寧にサポートいたします。
「何から手をつけていいか分からない」「うちのケースでも大丈夫だろうか」
そんな時は、どうぞお気軽に当事務所の無料相談をご利用ください。あなたのお話をじっくりお伺いし、最適な解決策を一緒に見つけていきましょう。
司法書士・行政書士・社会保険労務士いがり綜合事務所
代表 猪狩 佳亮(神奈川県司法書士会所属)
所在地:神奈川県川崎市川崎区宮前町12番14号 シャンボール川崎505号

司法書士・行政書士・社会保険労務士いがり綜合事務所の司法書士 猪狩 佳亮(いがり よしあき)です。神奈川県川崎市で生まれ育ち、現在は遺言や相続のご相談を中心に、地域の皆さまの安心につながるお手伝いをしています。8年の会社員経験を経て司法書士となり、これまで年間100件を超える相続案件に対応。実務書の執筆や研修の講師としても活動しています。どんなご相談も丁寧に伺いますので、気軽にお声がけください。
