このページの目次
相続人に認知症の方がいても、諦めないでください
ご家族が亡くなり、悲しみに暮れる間もなく始まる相続手続き。ただでさえ複雑で大変なのに、もし相続人の中に認知症の方がいらっしゃったら…。「遺産分割協議が進められないのではないか」「手続きが完全に止まってしまうのではないか」と、途方に暮れてしまうお気持ちは、痛いほどよく分かります。
しかし、どうか諦めないでください。相続人に認知症の方がいるからといって、相続手続きが不可能になるわけでは決してありません。正しい手順を一つひとつ踏んでいけば、状況に応じた解決策が見えてくる可能性があります。
この記事では、相続案件に日々携わる司法書士として、認知症の相続人がいる場合の具体的な手続きの進め方、注意すべきポイント、そして将来に備えるための対策まで、分かりやすく解説していきます。この記事を読み終える頃には、今抱えている不安が整理され、具体的な「次の一歩」を考える手がかりになるはずです。私たちが最後までしっかりとご案内しますので、どうぞご安心ください。
まず確認すべき3つのステップ|現状を正しく把握しよう
相続問題で混乱している時こそ、冷静に現状を整理することが大切です。まずは、以下の3つのステップに沿って、ご自身の状況を客観的に把握することから始めましょう。焦って自己判断するのではなく、一つずつ確認していくことが、円満解決への一番の近道です。

ステップ1:誰が相続人で、何が遺産かを正確に把握する
相続手続きの全ての土台となるのが、「相続人の確定」と「相続財産の調査」です。亡くなられた方(被相続人)の出生から死亡までの戸籍謄本を収集し、法的に誰が相続人になるのかを確定させます。同時に、預貯金、不動産、有価証券など、どのような遺産がどれくらいあるのかを調査し、財産目録を作成しましょう。これらの情報がなければ、そもそも遺産分割の話し合いを始めることすらできません。基本的な作業ですが、最も重要な第一歩です。
ステップ2:認知症の相続人の「意思能力」の程度を確認する
ここが最も重要なポイントです。多くの方が「認知症と診断されたら、もう何も判断できない」と思いがちですが、それは必ずしも正しくありません。
法律の世界で問われるのは、病名ではなく「意思能力」、つまり「遺産分割の内容を正しく理解し、その結果どうなるかを判断できる能力」があるかどうかです。
例えば、症状が比較的軽く、ご自身の財産や相続についてきちんと理解し、自分の意思を伝えられる状態であれば、遺産分割協議に参加できる可能性があります。もちろん、後から「あの時の合意は無効だ」と争いにならないよう、慎重な判断が必要です。
そこで客観的な証拠として重要になるのが「医師の診断書」です。かかりつけ医に相談し、遺産分割協議を行うにあたっての判断能力について診断書を作成してもらいましょう。その際、単なる病状の診断書ではなく、成年後見制度の申立てで使われるような、具体的な判断能力に関する書式でお願いすると、より法的な判断の助けになります。
ステップ3:遺言書の有無を確認する
もし亡くなられた方が遺言書を残していれば、その内容に従って手続きが進められることが多く、遺産分割協議を行わずに済む場合があります。
公正証書遺言であれば、お近くの公証役場で「遺言検索」により遺言の有無や保管公証役場を確認できる場合があります。自筆証書遺言について法務局の保管制度を利用している場合は、相続人等が法務局(遺言書保管所)で閲覧や遺言書情報証明書の交付請求等により内容を確認できます。遺言書が見つかれば、手続きは大きく変わってきます。
【意思能力なしの場合】成年後見制度を利用した遺産分割
医師の診断の結果、残念ながらご本人に遺産分割協議を行うための意思能力がないと判断された場合。その具体的な解決策が「成年後見制度」の利用です。これは、判断能力が不十分な方の財産や権利を守るために、家庭裁判所が援助者(成年後見人)を選任する公的な制度です。
手続きは、ご本人の住所地を管轄する家庭裁判所に申立てを行うことから始まります。必要な書類を準備し、申立てが受理されると、家庭裁判所による調査や審理を経て、成年後見人が選任されます。選任までに要する期間は、事案や鑑定の有無等によって異なり、数か月かかることもあります。
より詳しい手続きについては、成年後見をご検討中の方へのページで解説しています。

成年後見人が本人の代理人として協議に参加する
成年後見人が選任されると、その人がご本人に代わって遺産分割協議に参加する法的な権限を持ちます。後見人には、親族のほか、私たち司法書士などの専門家が選ばれることもあります。
ここで非常に重要なのは、後見人はあくまで「ご本人の利益のため」に行動するため、他の相続人の都合だけで、ご本人に不利益となる内容に安易に同意することはありません。後見人は、ご本人の財産を守るという強い使命と責任を負っているのです。
原則「法定相続分」の確保が必須になる理由
「なぜ、他の相続人が納得していても、柔軟な分割ができないの?」と疑問に思われるかもしれません。その答えは、成年後見人が家庭裁判所の監督下にあるからです。
家庭裁判所は、後見人がご本人の財産を不当に減らすことがないよう、厳しくチェックしています。そのため、遺産分割協議では、ご本人の利益を守る観点から「法定相続分」を基準に検討されることが多くなります。例えば、「長男が家を継ぐから、認知症の母の相続分は少なめで」といった、ご家族間の慣習や暗黙の了解は通用しません。
これは、ご本人の将来の生活や介護費用などを守るための非常に重要なルールです。この点を理解しておかないと、「後見人がつけば、あとはスムーズに進むだろう」という期待が裏切られることになりかねません。
【注意点】後見人との関係は基本的に生涯続く
成年後見制度を利用する上で、最も理解しておくべき注意点があります。それは、この制度は遺産分割のためだけの一時的なものではなく、本人の死亡により後見手続が終了するまで、継続して利用されます。ということです。
後見人は遺産分割協議が終わった後も、ご本人の財産管理(預貯金の入出金、不動産の管理、施設の支払いなど)や身上監護(介護サービスの契約など)を継続して行います。専門家が後見人に選任された場合は、継続的に報酬が発生することも忘れてはなりません。遺産分割という目の前の問題を解決するために安易に制度を利用すると、将来的にご家族にとって大きな負担となる可能性もあるのです。利用を検討する際は、こうした長期的な視点を持つことが不可欠です。
【解決事例】認知症の相続人がいても円満に解決できたケース
理論だけでなく、実際の現場でどのように問題が解決されるのか、私が経験した事例をご紹介します。
ご相談に来られたのは、80代で亡くなられた生涯独身の男性の甥にあたる方でした。相続人は、亡くなった方の兄弟姉妹と、すでに他界した兄弟姉妹の子ども(甥姪)たち。早速、戸籍をたどって相続人調査を進め、皆様にご連絡を取ったところ、二つの課題が浮かび上がりました。
一人は、認知症の初期症状が疑われるご高齢のお姉様。もう一人は、すでに弁護士が成年後見人についている弟様でした。
後見人がついている弟様については、話は比較的スムーズでした。後見人の弁護士からは「ご本人の法定相続分を確保していただけるのであれば、遺産分割協議に同意します」と明確な回答を得られました。
問題はお姉様です。もし意思能力がないと判断されれば、お姉様のためにも成年後見制度の申立てが必要になり、時間も費用もかかってしまいます。私はまず、ご本人と直接お会いし、じっくりお話を伺うことにしました。
お話ししてみると、「弟が亡くなり、その遺産を法律で決まった割合で分けること」「ご自身の相続分が具体的にいくらになるのか」といった計算など、遺産分割の核心部分について、十分にご理解いただけている様子でした。念のため、かかりつけ医に診断書をお願いしたところ、私の所感と同様に「遺産分割協議を行う判断能力は認められる」との見解をいただくことができました。
この客観的な証拠を得たことで、他の相続人の皆様も安心して協議に臨むことができ、最終的に全員が法定相続分で分割することに納得。無事に遺産分割協議を成立させることができたのです。
この事例は、「認知症=後見制度」と短絡的に考えるのではなく、ご本人の状態を丁寧に見極め、適切な手順を踏むことの重要性を示しています。
手続きが進まずお困りの方へ|専門家ができること
相続人に認知症の方がいるケースは、法的な判断が難しく、ご家族だけで進めるには多くの困難が伴います。もし、あなたが今、手続きの進め方に迷い、精神的なストレスを感じているのであれば、ぜひ一度、私たち司法書士のような専門家にご相談ください。

私たち専門家は、まず皆様のお話をじっくりお伺いし、現状を正確に分析します。その上で、意思能力の判断に関する法的な整理、必要に応じた成年後見申立てのサポート、遺産分割協議書の作成(※紛争性のある交渉や代理が必要な場合は弁護士等と連携)まで、手続全体を見通した支援が可能です。
特に、相続人間の調整が難しい場合でも、第三者である専門家が間に入ることで、感情的な対立を避け、冷静な話し合いができるケースは少なくありません。煩雑な手続きの負担を軽減し、円満な解決を目指すお手伝いをすることが、私たちの役割です。
ご自身で相続登記を司法書士に依頼するメリットは、単に手間が省けるだけではないのです。
どうすれば良いか分からずお困りの方は、まずは無料相談でお話をお聞かせください。
将来に備えるための生前対策という選択肢
ここまで、相続が発生した後の対処法について解説してきましたが、最も望ましいのは、そもそもこうした問題が起きないように「事前に備えておく」ことです。ご家族の誰かが将来認知症になる可能性を考え、元気なうちから対策を講じておくことは、家族全員の安心につながります。
このテーマの全体像については、生前対策は何から始める?専門家が教える全体像と手順で体系的に解説しています。
遺言書:円満な財産承継の道しるべ
最も基本的で効果的な生前対策が、遺言書の作成です。遺言書があれば、相続発生後に本人の意思能力が問われることはなく、遺産分割協議を経ずに、遺言の内容通りに財産を承継させることができます。
例えば、「認知症の妻の将来の生活費として、預貯金を多めに残す」といった、ご家族の実情に合わせた柔軟な財産配分を指定することも可能です。遺言書作成には多くのメリットがあり、特に法的な不備がなく、紛失や改ざんの心配もない「公正証書遺言」を作成しておくことを強くお勧めします。
任意後見契約:元気なうちに信頼できる人へ託す
もう一つの有効な手段が「任意後見契約」です。これは、ご自身が元気なうちに、将来判断能力が低下した場合に備えて、財産管理などを任せる人(任意後見人)と、その内容をあらかじめ契約によって決めておく制度です。
法定後見制度が、判断能力が低下した「後」に家庭裁判所が後見人を選ぶのに対し、任意後見はご自身の意思で「前」もって信頼できる家族などを後見人に指定できるのが大きな違いです。判断能力の低下による財産凍結のリスクを避け、ご自身の望む形での財産管理を実現するための、非常に有効な備えと言えるでしょう。不動産経営をされている方などは、家族信託と合わせて検討することも有効です。
まとめ:一人で抱え込まず、まずは専門家にご相談を
相続人に認知症の方がいる場合の遺産分割は、法律的な知識と慎重な判断が求められる、非常にデリケートな問題です。ここまで解説してきたように、まずは現状を正確に把握し、意思能力の程度を見極めることが重要になります。
その上で、意思能力が認められる場合は慎重に協議を進め、難しい場合は成年後見制度の利用を検討することになります。しかし、これらの判断をご家族だけで行うことには、大きなリスクが伴います。
一人で、あるいはご家族だけで抱え込んで悩むのは、もう終わりにしませんか。私たち専門家にご相談いただくことが、ご本人にとっても、他のご家族にとっても、最終的に最善の解決策を見つけるための第一歩です。どうぞお気軽にお声がけください。

司法書士・行政書士・社会保険労務士いがり綜合事務所の司法書士 猪狩 佳亮(いがり よしあき)です。神奈川県川崎市で生まれ育ち、現在は遺言や相続のご相談を中心に、地域の皆さまの安心につながるお手伝いをしています。8年の会社員経験を経て司法書士となり、これまで年間100件を超える相続案件に対応。実務書の執筆や研修の講師としても活動しています。どんなご相談も丁寧に伺いますので、気軽にお声がけください。
