相続放棄で相続税の基礎控除は減る?兄弟が放棄した場合の注意点

家でスマホを操作する笑顔の男性。上部に『税金の悩み、すっきり解決。』という日本語の文言が読める。

「兄弟は相続放棄するから」長男を襲った相続税の不安

「母親が亡くなり、相続人は私たち兄弟4人です。他の3人から『実家はお兄ちゃんが継いで。私たちは相続放棄するから』と言われました。兄弟仲は良く、揉めているわけではありません。でも、3人が本当に家庭裁判所で相続放棄をしてしまうと、相続人が私1人になって、相続税の基礎控除が減ってしまうのではないでしょうか?」

これは、お母様を亡くされた長男のAさんから、実家の相続登記についてご相談いただいた際のお話です。

Aさんはお母様と同居されており、他の3人のご兄弟はそれぞれ家庭を持ち、実家を出ていました。そのため、ご兄弟が「同居していたお兄ちゃんが実家を継ぐのが一番良い」と考えてくれるのは、ごく自然な流れでした。

当初、Aさんは「話し合いもスムーズに進みそうで良かった」と安心していたそうです。

ところが後日、ご兄弟から家庭裁判所が発行した「相続放棄申述受理証明書」という書類が送られてきて、Aさんは一気に不安に駆られました。

お母様の財産は、預貯金1,500万円と、Aさんが住む実家の土地建物3,500万円、合計で5,000万円ほど。

Aさんの頭をよぎったのは、相続税のことでした。

「相続人が4人なら、基礎控除は『3,000万円+600万円×4人=5,400万円』。遺産は5,000万円だから、相続税はかからないはず。でも、3人が相続放棄したら、法律上の相続人は自分1人になるのでは?だとしたら基礎控除は3,600万円に減って、相続税を払わなければいけなくなるんじゃ…」

ご兄弟の善意の行動が、かえってAさんを大きな不安に陥れてしまったのです。ご兄弟の「相続放棄するから」という言葉は、本当にこの手続きで良かったのでしょうか。この記事では、相続放棄と相続税の基礎控除の関係、そして円満な相続のためのより良い方法について、専門家が分かりやすく解説します。

相続放棄の書類を前に、相続税について悩み頭を抱える男性。

結論:相続放棄しても相続税の基礎控除額は減りません

Aさんのように不安に思われる方は少なくありませんが、ご安心ください。結論から言うと、ご兄弟が家庭裁判所で相続放棄をしても、相続税の基礎控除額は減りません。

Aさんのケースでは、他の3人のご兄弟が相続放棄をしても、相続税の計算上は、相続人が4人いるものとして基礎控除額を計算します。

  • 基礎控除額:3,000万円 + (600万円 × 4人) = 5,400万円

遺産の総額は5,000万円ですから、基礎控除額5,400万円の範囲内に収まります。そのため、基本的には相続税の申告や納税は不要となる可能性が高いでしょう。相続税の全体像については、相続税申告の要否で体系的に解説しています。

【理由】税法上、法定相続人の数は放棄がなかったものとして計算する

なぜ、相続放棄した人も人数に含めて良いのでしょうか。それは、民法と税法で「相続放棄」の扱いが異なるからです。

  • 民法上の扱い:相続放棄をすると、その人は「初めから相続人ではなかった」とみなされます。財産も借金も一切引き継ぎません。
  • 税法上の扱い:相続税を計算するときは、「相続放棄がなかったもの」として、もともとの法定相続人の数をカウントします。

これは、相続税の負担を不当に減らすことを防ぐためのルールです。もし相続放棄によって基礎控除額が減ってしまうと、相続税を払いたくないために意図的に相続放棄をする、といったことができてしまうかもしれません。課税の公平性を保つため、税法ではこのような特別なルールを設けているのです。

根拠となる国税庁の通達も参考にご覧ください。

参照:国税庁「第15条《遺産に係る基礎控除》関係」

生命保険金や死亡退職金の非課税枠も同様に減らない

相続税の計算では、基礎控除の他にも「生命保険金」や「死亡退職金」に非課税枠が設けられています。この非課税枠の計算式は以下の通りです。

500万円 × 法定相続人の数

この計算に使う「法定相続人の数」も、基礎控除と同様に、相続放棄がなかったものとしてカウントします。つまり、Aさんのケースでは、生命保険金の非課税枠も「500万円 × 4人 = 2,000万円」となります。

ただし、一つ注意点があります。相続放棄をした本人は、相続人ではないため、この非課税枠の適用を受けることはできません。あくまで、実際に財産を相続する人が使える制度です。

「相続放棄」の2つの意味を比較する図解。遺産分割協議と家庭裁判所での手続きの違いを説明している。

「相続放棄」が招く誤解と2つの意味

そもそも、なぜAさんのような誤解が生まれてしまうのでしょうか。それは、「相続放棄」という言葉が、実は2つの全く異なる意味で使われているからです。この違いを理解することが、相続手続きをスムーズに進める上で非常に重要になります。

多くの方が混同しがちな2つの「相続しない」方法について、その違いを見ていきましょう。詳しくは、遺産を受け取らない手続きの違いの記事でも触れています。

意味①:遺産分割協議で「財産を受け取らない」と決めること

一つ目は、日常会話でよく使われる意味での「相続放棄」です。これは、相続人全員の話し合い(遺産分割協議)の中で、「私は財産をもらいません」と意思表示をすることです。

この場合、その人は相続人としての地位を失うわけではありません。あくまで話し合いの結果として、特定の財産を取得しないと決めただけです。
重要なのは、この方法では借金などのマイナスの財産からは逃れられないという点です。プラスの財産はいらないけれど、相続人であることには変わりないため、債権者から請求があれば支払い義務を負ってしまいます。

この方法は、亡くなった方に借金がなく、Aさんのケースのように「特定の相続人に財産を集中させたい」という場合に適した、円満な解決策と言えるでしょう。

意味②:家庭裁判所で「相続人の地位」を放棄する法的手続き

二つ目が、法律上の正式な「相続放棄」です。これは、亡くなった方の最後の住所地を管轄する家庭裁判所に申述(申し立て)をすることで、法的に相続人の地位そのものを手放す手続きを指します。

この手続きが認められると、その人は「初めから相続人ではなかった」ことになります。そのため、預貯金や不動産といったプラスの財産だけでなく、借金などのマイナスの財産も一切引き継ぐ必要がなくなります。

この方法は非常に強力な効果を持つため、主に亡くなった方に多額の借金がある場合に選択される手続きです。Aさんのご兄弟が選んだのは、こちらの法的な手続きでした。より詳しい手続きについては、相続放棄についてのページをご覧ください。

では、どうすれば?借金がない相続での最適な選択

Aさんのケースのように、亡くなった方に大きな借金がなく、兄弟仲も良好な場合、家庭裁判所での相続放棄は必ずしも最適な選択とは言えません。むしろ、手続きが複雑になったり、後々思わぬ影響が出たりすることもあります。

では、本来はどうすべきだったのでしょうか。答えは「遺産分割協議」で財産の分け方を決めることです。

遺産分割協議で「長男がすべて相続する」と合意する

最もスムーズで誤解のない方法は、相続人である兄弟4人全員で話し合い、「すべての財産を長男であるAさんが相続する」という内容で合意することです。

そして、その合意内容を証明するために「遺産分割協議書」という書類を作成します。他のご兄弟には、この書類に実印を押してもらい、印鑑証明書を添付してもらいます。

この方法であれば、万が一後から知らなかった財産が見つかった場合でも、作成した遺産分割協議書に基づいてAさんが相続することができます。家庭裁判所での手続きは不要で、相続人間の合意だけで完結するため、シンプルで分かりやすい方法と言えます。

不動産の相続登記への影響:相続放棄した場合との違い

手続きの違いは、不動産の名義変更(相続登記)の場面で顕著に現れます。私たち司法書士が関わる実務の観点から、2つの方法の違いを見てみましょう。

  1. 家庭裁判所で相続放棄した場合
    Aさんのご兄弟のように他の相続人が放棄すると、相続関係によってはAさんが単独で相続登記を申請できることがあります。その場合、法務局(登記所)には「相続放棄申述受理証明書」などの必要書類を添付して申請します。
  2. 遺産分割協議で合意した場合
    この場合は、相続人4人全員が署名・押印した「遺産分割協議書」と全員分の「印鑑証明書」を法務局に提出して、Aさん名義への登記を申請します。

どちらの方法でもAさん名義にすることは可能ですが、借金がないのであれば、わざわざ家庭裁判所を介さず、相続人間の話し合いで完結する遺産分割協議のほうが、関係者全員にとって負担の少ない方法と言えるでしょう。

司法書士に相続の相談をし、説明を聞いて安心する夫婦。

相続放棄を考える前に知っておきたい注意点

「相続放棄」は、一度手続きをすると原則として撤回できない、非常に重要な法的手続きです。よかれと思ってしたことが、思わぬトラブルを招くこともあります。安易に判断する前に、以下の点を知っておくことが大切です。

他の相続人の税負担は増える可能性がある

相続放棄があっても相続税の「基礎控除額」は変わりませんが、実際に相続する人が納める「税額」は変わる可能性があります。

例えば、相続人が4人から1人に減ることで、Aさんが取得する財産の額は増えます。その結果、Aさん1人が納めるべき相続税額は、もともと4人で分けた場合よりも高くなることが考えられます。
もちろん、「配偶者の税額軽減」や「小規模宅地等の特例」といった制度を使えるかどうかで税額は大きく変わるため一概には言えませんが、税負担に影響が出る可能性は知っておくべきです。

相続権が次順位の親族に移ってしまうことも

相続放棄をすると、その人は「初めから相続人ではなかった」と扱われます。その結果、相続権が次の順位の親族に移ってしまうという、思わぬ事態を招くことがあります。

例えば、亡くなった方の相続人が子どもたちだけだった場合、その子ども全員が相続放棄をすると、次に相続権を持つのは亡くなった方の親(祖父母)です。親もすでに亡くなっている場合は、亡くなった方の兄弟姉妹が相続人になります。

「借金があるから」と子ども全員が安易に放棄した結果、全く事情を知らない疎遠な叔父や叔母に突然、借金の督促が届いて大問題になる、というケースも少なくありません。また、相続放棄した人の子は相続できませんので、その点も注意が必要です。

【重要】相続税申告の要否は税理士へご相談を

今回ご紹介したAさんのケースでは、遺産総額が基礎控除の範囲内であったため、相続税はかからない可能性が高いとお伝えしました。しかし、これはあくまで一般的な計算上の話です。

例えば、Aさんが住んでいる実家の土地に「小規模宅地等の特例」を適用できるかどうかや、他に申告すべき財産がないかなど、専門的な判断が必要な場合があります。相続税に関する最終的な判断や申告手続きは、税金の専門家である税理士の領域です。ご自身のケースで相続税申告が必要かどうか迷われた際は、必ず税理士にご相談ください。

まとめ:円満相続のためにも、手続き前の専門家相談が安心です

今回は、相続放棄と相続税の基礎控除について解説しました。最後に、大切なポイントを振り返りましょう。

  • 兄弟姉妹が相続放棄をしても、相続税の基礎控除を計算する際の法定相続人の数は減らない。
  • 「相続放棄」には、家庭裁判所の手続きと、遺産分割協議での合意の2つの意味があり、法的な効果が全く違う。
  • 亡くなった方に借金がない場合は、相続人全員で話し合う「遺産分割協議」で財産の分け方を決めるのが一般的でスムーズ。
  • 安易な相続放棄は、他の親族を巻き込むなど思わぬトラブルの原因になることがある。

Aさんのご兄弟のように、良かれと思ってした行動が、かえって不安や誤解を生んでしまうことは、相続の現場では珍しくありません。相続は、手続きの選択一つで、その後の手間や費用、税金などが大きく変わってくることがあります。

「うちは家族仲が良いから大丈夫」と思っていても、法律や税金のルールを知らないまま手続きを進めてしまうのは、やはりリスクが伴います。どのような方法がご自身の家族にとって最も良い選択なのか、手続きを始める前に、一度私たちのような相続の専門家にご相談いただくのが、安心への一番の近道です。

keyboard_arrow_up

0447426194 問い合わせバナー 無料法律相談について