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相続登記でメールアドレスの提供を求められるように。ご相談の現場から
「先生、今度の相続登記で、私のメールアドレスも法務局に伝える必要があるって本当ですか?」
最近、ご相談の場でこのようにお尋ねいただく機会がとても増えました。2025年(令和7年)4月21日から、相続などで不動産の名義変更(所有権移転登記)をする際に、不動産を取得する方のメールアドレスや氏名のフリガナ、生年月日といった情報を登記申請書に記載することになったためです。
このお話をすると、ほとんどの方が「何のために使うの?」「どこからメールが届くの?」「個人情報が漏れたりしない?」といった疑問や不安をお話しになります。巧妙な迷惑メールや詐欺が社会問題になっている昨今、ご自身の個人情報の行方をご心配になるのは、もっともなことだと思います。
そこでこの記事では、相続を専門とする司法書士の視点から、なぜ相続登記でメールアドレスの提供が求められるようになったのか、その背景から具体的な記載方法、気になるリスクまで、皆さまが抱える疑問に一つひとつ丁寧にお答えしていきます。この記事を最後までお読みいただければ、制度の全体像がすっきりと理解でき、安心して手続きに臨めるはずです。

なぜ?相続登記でメールアドレス提供が必要になった理由
そもそも、なぜ不動産登記という手続きで、個人のメールアドレスまで提供する必要が出てきたのでしょうか。その答えは、近年深刻化している「所有者不明土地問題」を解決するための一連の法改正の中にあります。
所有者不明土地とは、登記簿を見ても現在の所有者がすぐに分からなかったり、分かっても連絡がつかなかったりする土地のことです。相続登記がされないまま放置された結果、所有者がネズミ算式に増えてしまい、公共事業や災害復旧の妨げになるなど、大きな社会問題となっています。
この問題を解消するため、国は法改正に踏み切りました。その大きな柱が、これまで任意だった「相続登記」と「住所変更登記」の義務化です。
背景にある「住所変更登記の義務化」(令和8年4月1日~)
皆さまが不動産をお持ちの場合、引っ越しなどで住所が変わったら、法務局で「住所変更登記」を申請する義務が新たに課せられます。この制度は2026年(令和8年)4月1日からスタートします。
もし、正当な理由なくこの申請を怠った場合、5万円以下の過料(行政罰)が科される可能性があります。これまでは住所変更登記をしないことによる直接的な罰則はありませんでしたが、今後は注意が必要です。
この義務化によって、登記簿上の所有者の住所が常に最新の状態に保たれ、いざという時に所有者と連絡がつきやすくなる、というわけです。
負担軽減策「スマート変更登記」のために情報が必要
しかし、「引っ越しのたびに法務局で手続きするのは大変だ」「うっかり忘れてしまいそう」と感じる方も多いでしょう。そこで、国民の負担を減らすための便利な仕組みとして導入されるのが「スマート変更登記」です。
これは、私たちが市区町村に住民票の異動届(転入届など)を出すと、その情報が法務局に連携され、法務局が職権で(自動的に)住所変更登記を行ってくれるという画期的な制度です。詳しくは法務省のスマート変更登記のご利用方法のページもご覧ください。
ただし、法務局が日本中の同姓同名の方と間違えずに、正確に個人の特定をするためには、氏名と住所だけでは不十分な場合があります。そこで、個人をより正確に特定するための「検索用情報」として、メールアドレスや生年月日、氏名のフリガナの提供が求められることになったのです。
つまり、メールアドレスの提供は、将来の住所変更登記の手間を省き、義務違反による過料のリスクをなくすための、いわば「未来への先行投資」のような位置づけなのです。
参考:人口減少時代における土地政策の推進~所有者不明土地等対策
提供は義務?メールアドレス申出のメリット・デメリット
「理由は分かったけれど、結局メールアドレスの提供は義務なの?」という点が、一番気になるところだと思います。2025年4月21日以降に所有権保存・移転等の登記申請を行う場合、基本的には申請書に氏名のフリガナ・生年月日・メールアドレス等の検索用情報の申出をすることとされています。ただし、メールアドレスについては、提供するかしないか、ご自身の判断に委ねられます。そこで、判断の材料となるように、それぞれのメリット・デメリットを整理してみましょう。
メリット:住所変更登記の手間が省け、過料のリスクを回避
メールアドレスを提供しておくことの最大のメリットは、やはり「スマート変更登記」の仕組みを利用できる点です。
一度情報を提供しておけば、将来あなたが住所を移転した際に、法務局が住民基本台帳ネットワークシステム(住基ネット)の情報と照合し、「あなたの住所が変わったようですが、職権で登記を変更してよいですか?」といった確認の通知を送ってくれます。この通知は、提供したメールアドレス宛に届きます。
この通知に対して特に異議がなければ、自動的に住所変更登記が完了します。これにより、
- ご自身で法務局へ申請に行く、または司法書士に依頼する手間と時間が省ける
- 申請をうっかり忘れて、5万円以下の過料を科されるリスクを回避できる
という、非常に大きなメリットを享受できます。登記が完了した際のお知らせなどもメールで受け取れるため、手続きの進捗が分かりやすいという利便性もあります。
法務局から通知が届くのは、主に登記が完了した時や、住民票の異動を法務局が把握して職権での変更登記を行う前など、重要なタイミングに限られます。むやみに広告メールなどが届くことはありませんので、ご安心ください。
デメリットとリスク:情報管理への不安と通知の見逃し
一方で、デメリットやリスクも考えておく必要があります。
一番は、やはり個人情報の管理に対する心理的な不安でしょう。「国(法務局)にメールアドレスを預けて大丈夫だろうか」というご心配は、当然のことだと思います。ただし、提供された検索用情報は登記簿には記載されず、法務局が別途管理する検索用情報管理ファイルに記録されます(法務省のQ&Aに基づく)。第三者が登記簿を閲覧してもこれらの情報は表示されません。
もう一つの現実的なリスクは、法務局からの重要な通知を見逃してしまう可能性です。日常的に多くのメールを受信していると、法務局からのメールが迷惑メールフォルダに振り分けられたり、他のメールに埋もれてしまったりする恐れがあります。

結論:提供は任意だが、申出する方がメリットは大きい
専門家としての見解を申し上げますと、情報管理への漠然とした不安よりも、住所変更登記の手間と過料のリスクを確実に回避できるメリットの方がはるかに大きいと考えます。
特に、お仕事の都合などで将来的に転居の可能性がある現役世代の方にとっては、一度申し出ておけば将来にわたって安心が得られるため、提供しておくことを強くお勧めします。
一方で、ご高齢の方で今後引っ越しの予定が全くない場合や、どうしても情報を提供することに抵抗がある場合は、無理に申し出る必要はありません。その場合は、万が一住所が変わった際には、ご自身で忘れずに住所変更登記を行うことを覚えておく必要があります。
【実践】相続登記でのメールアドレス等の記載・申出方法
それでは、実際に相続登記の際にメールアドレス等を申し出る方法について、具体的に見ていきましょう。
提供が必要な「検索用情報」とは?
法務局に提供を求められる「検索用情報」は、以下の3つです。
- ① 氏名のフリガナ
- ② 生年月日
- ③ メールアドレス
繰り返しになりますが、これらの情報は登記簿に記録されるものではなく、法務局が内部で利用する非公開の情報です。あくまで、スマート変更登記の際に正確な本人特定を行うために使われます。
申請書への記載方法
ご自身で登記申請書を作成して法務局の窓口に提出する(または郵送する)書面申請の場合、申請書の「申請人」の欄に、住所・氏名に加えてフリガナ、生年月日、メールアドレスを記載します。
【記載例】
令和7年4月21日以降に所有権の移転の登記を書面で申請をする場合の記載例(赤字が令和7年4月21日以降に登記の申請をする場合の追加記載事項)
メールアドレスがない・提供したくない場合の記載方法
メールアドレスをお持ちでない方や、様々な理由で提供を希望しない方もいらっしゃるでしょう。その場合は、提供が任意ですので、無理に記載する必要はありません。
申請書の連絡先メールアドレスの欄に「なし」と記載すれば大丈夫です。この場合、スマート変更登記の仕組みは利用できないため、将来住所が変わった際にはご自身で住所変更登記を行う必要があります。法務局からの重要な通知(職権変更登記の事前通知など)は、登記簿上の住所に郵送で届くことになります。
よくある質問と専門家からのアドバイス
最後に、この新しい制度に関してよくいただくご質問について、Q&A形式でお答えします。
Q. 司法書士に依頼する場合もメールアドレスは必要ですか?
A. はい、司法書士にご依頼いただく場合でも、不動産の新しい所有者となるご本人様のメールアドレスをお伺いすることになります。
私ども司法書士が代理人として登記申請を行いますが、あくまで申し出るのはご依頼者様ご自身の情報です。司法書士のメールアドレスを代わりに登録することはできません。手続きをご依頼いただいた際には、担当の司法書士から確認させていただきますので、ご協力をお願いいたします。
Q. 家族(親子や夫婦)で共有のメールアドレスでも大丈夫?
A. 法務省の見解では、原則として「不動産の所有者本人のみが受信・閲覧できるメールアドレス」の提供が求められています。
ご家族で共有しているメールアドレスの場合、ご本人様以外の方も内容を閲覧できてしまうため、厳密にはこの要件を満たさない可能性があります。実務上、法務局がそのメールアドレスを本当に本人のみが使っているかまで調査する術はありませんが、住所変更に関する非常に重要な通知が届くことになりますので、必ずご本人が日常的に確認し、見逃すことのないメールアドレスを提供することが不可欠です。
Q. 既に登記済みの不動産にも、後から情報を追加できますか?
A. はい、可能です。
この制度が始まる2025年(令和7年)4月21日以降は、既に所有している不動産についても、単独で「検索用情報」だけを法務局に申し出ることができます。相続登記のタイミングだけでなく、いつでも将来の住所変更登記に備えることが可能です。手続きにご不安がある場合は、お気軽に私ども司法書士にご相談ください。
まとめ:法改正への対応は相続の専門家にご相談を
今回は、相続登記の際にメールアドレスの提供が求められるようになった背景と、その具体的な手続きについて解説しました。
ポイントをまとめますと、
- メールアドレス等の提供は、住所変更登記の義務化に伴う負担を軽減する「スマート変更登記」のために必要。
- 提供は義務ではなく任意だが、将来の手間や過料のリスクを考えると提供するメリットの方が大きい。
- 提供された情報は登記簿には載らず、法務局が厳重に管理する。
ということになります。
相続登記は、今回のテーマ以外にも様々な法改正が控えており、手続きは年々複雑になっています。特に不動産の名義変更(相続登記)は、ご自身で進めるには多くの時間と労力がかかります。
もし、手続きに少しでもご不安な点や分からないことがあれば、一人で悩まずに、私たち相続の専門家である司法書士にご相談ください。あなたの状況を丁寧にお伺いし、最も確実で安心できる方法をご提案いたします。提供するメリットがあると考えますが、個別の判断は異なります。当事務所では、初回のご相談は無料でお受けしておりますので、どうぞお気軽にご連絡ください。
【事務所情報】
事務所名:司法書士・行政書士・社会保険労務士いがり綜合事務所(いがり円満相続相談室)
代表者:猪狩 佳亮
所在地:神奈川県川崎市川崎区宮前町12番14号 シャンボール川崎505号
所属司法書士会:神奈川県司法書士会

司法書士・行政書士・社会保険労務士いがり綜合事務所の司法書士 猪狩 佳亮(いがり よしあき)です。神奈川県川崎市で生まれ育ち、現在は遺言や相続のご相談を中心に、地域の皆さまの安心につながるお手伝いをしています。8年の会社員経験を経て司法書士となり、これまで年間100件を超える相続案件に対応。実務書の執筆や研修の講師としても活動しています。どんなご相談も丁寧に伺いますので、気軽にお声がけください。
