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「財産はいらない」とお考えの方へ。その言葉、法的には2つの意味があります
「実家は兄が継ぐから、私は遺産はいらないわ」
「父の財産は特にないし、相続は放棄しようと思う」
ご親族が亡くなられた後、ご自身の生活状況などから「自分は遺産を相続しない」と考える方は少なくありません。しかし、他の相続人から「それなら、この遺産分割協議書に実印を押して、印鑑証明書をもらえないかな?」と頼まれて、ふと立ち止まってしまうのではないでしょうか。
「財産はいらないって言っただけなのに、なぜ実印が必要なの?」
「“相続放棄”って、家庭裁判所に行って手続きするものじゃないの?」
「この書類に印鑑を押したら、後で借金が見つかったときに責任を負わされるんじゃ…」
多くの方が、「財産を相続しない=家庭裁判所での相続放棄」というイメージをお持ちのため、混乱し、不安に感じてしまうのも無理はありません。
実は、法的に「財産を相続しない」という意思を実現する方法には、大きく分けて2つの選択肢があります。そして、どちらを選ぶかによって、その後の権利や義務が大きく変わってくるのです。
この記事では、相続を専門とする司法書士が、あなたのそのお悩みや疑問に一つひとつ丁寧にお答えします。この記事を読み終える頃には、ご自身の状況に合った最適な方法が clearになり、安心して次のステップへ進めるようになっているはずです。どうぞ、リラックスして読み進めてくださいね。
【事例】「相続放棄します」と話していた姉妹。本当に家庭裁判所での手続きは必要?
先日、当事務所にこんなご相談がありました。ご相談者様は3人きょうだいの長男の方です。
ご相談内容:父の相続、実家不動産はどうすれば?
「先日、父が亡くなりました。相続人は、私(長男)と、長女、二女の3人です。遺産と呼べるものは、現在私が住んでいる父名義の実家の土地と建物だけです。
妹たちはそれぞれ結婚して家を出ており、先日話した際には『お兄さんが実家を継ぐなら、私たちは相続を放棄するよ』と言ってくれています。父に借金などは特にないはずです。
妹たちの言うとおり、家庭裁判所で相続放棄の手続きをしてもらうのが一番良いのでしょうか?もっと簡単な方法はありますか?」
このご相談、実は非常によくあるケースです。お父様に借金がなく、相続人同士の関係も良好で、誰がどの財産を相続するかが円満に決まっている。このような状況は、争いが生じにくいケースの一つです。
さて、このケースで、本当に妹さんたちが家庭裁判所で「相続放棄」の手続きをする必要があるのでしょうか?
私の回答は、「その必要はありません。もっとスムーズな方法がありますよ」というものでした。
たしかに、家庭裁判所で相続放棄をする方法もあります。相続放棄は、被相続人に負債がある可能性が高い場合に債務を引き継がないための有力な手段です。手続きは家庭裁判所への申述が必要で、熟慮期間(原則3か月)等の要件があります。
今回のケースのように、お父様に負債がなく、相続人全員の協力が得られるのであれば、「長男がすべての遺産(実家不動産)を相続する」という内容の遺産分割協議書を作成し、全員で署名と実印の押印をするのが最もスムーズで現実的な解決策です。
では、なぜそれが良いのでしょうか。次の章で、「家庭裁判所での相続放棄」と「遺産分割協議での合意」、この2つの方法の決定的な違いを詳しく見ていきましょう。

「相続しない」2つの方法。相続放棄と遺産分割協議の違いとは?
「相続しない」という同じゴールを目指すのに、なぜ2つの方法があるのでしょうか。それは、法的な意味合いと効果が全く異なるからです。特に、故人の借金(負債)を引き継ぐ可能性があるかどうかが最大のポイントになります。
両者の違いを、下の表で比べてみましょう。
| 項目 | ① 家庭裁判所での「相続放棄」 | ② 遺産分割協議での「合意」 |
|---|---|---|
| 目的 | プラス・マイナス問わず一切の財産を引き継がない | プラスの財産をもらわないことに同意する |
| 借金の扱い | 支払い義務を免れる | 支払い義務は残る |
| 法的な立場 | 初めから相続人ではなかったことになる | 相続人であることに変わりはない |
| 手続き | 家庭裁判所への申立て | 相続人全員での話し合い(遺産分割協議) |
| 期限 | 相続を知った時から原則3ヶ月以内 | 特に定めはない |
この表からも分かるように、両者は似て非なるものです。それぞれの特徴を詳しく見ていきましょう。
① 家庭裁判所で行う「相続放棄」
「相続放棄」とは、家庭裁判所に申立てを行うことで、法的に相続人としての地位を完全に手放す手続きです。これが認められると、預貯金や不動産といったプラスの財産を一切相続できなくなる代わりに、借金やローン、保証人としての地位といったマイナスの財産も一切引き継がなくてよくなります。
法的には「初めから相続人ではなかった」と扱われるため、後から故人の借金が発覚しても、債権者から支払いを求められることはありません。そのため、故人に借金がある場合や、疎遠で財産状況が全く分からず、後々のリスクを完全に断ち切りたい場合に選択すべき、非常に強力な手続きです。
ただし、注意点として、相続放棄には「自分のために相続の開始があったことを知った時から3ヶ月以内」という厳しい期限があります。この期限を過ぎると原則として手続きができなくなるため、迅速な判断が必要です。詳しくは「相続放棄について」のページもご覧ください。
② 話し合いで合意する「遺産分割協議」
一方、他の相続人から印鑑を求められるのは、こちらのケースがほとんどです。これは、相続人全員の話し合い(遺産分割協議)によって、「私は今回、財産を何ももらいません」と合意する方法です。口頭で「相続を放棄する」と言っても、家庭裁判所での「相続放棄」とは法的に全く異なるもので、「相続分の放棄」と呼ばれることもあります。両者は効果が異なるため混同しないよう注意が必要です。
この方法は、あくまで相続人間の話し合いの結果として、自分の取り分をゼロにすることに同意するものです。家庭裁判所での手続きは不要で、相続人全員が合意した内容を記した「遺産分割協議書の作成」を行い、全員が署名・押印することで成立します。
故人に借金がなく、相続人同士で円満に話がまとまっている場合には、この方法が最も手間なく、スムーズに手続きを進められます。
しかし、非常に重要な注意点があります。この方法では、あなたは「相続人」であることに変わりはありません。あくまでプラスの財産の分け方について合意したに過ぎないのです。そのため、もし遺産分割協議が成立した後に故人の借金が見つかった場合、債権者は法定相続分に従ってあなたにも返済を請求することができ、原則としてその支払い義務から逃れることはできません。

なぜ実印と印鑑証明書が必要なの?押印する前に確認すべきこと
「借金がないなら、遺産分割協議書に印鑑を押すだけで良さそう。でも、なぜ大切な実印や印鑑証明書まで必要なの?」と疑問に思われるかもしれませんね。
これは、決してあなたを騙そうとしているわけではなく、法的な手続きを進める上で不可欠だからです。例えば、不動産の名義変更(相続登記)を法務局に申請したり、銀行で預貯金の解約手続きをしたりする際には、「相続人全員が、その遺産分割協議書の内容に間違いなく同意しました」という公的な証明として、全員の実印の押印と印鑑証明書の提出が求められるのです。
つまり、他の相続人は、手続きを円滑に進めるためにあなたのご協力を求めている、というわけです。しかし、だからといって、内容をよく確認せずに安易に印鑑を押してはいけません。
遺産分割協議書への押印は「内容に同意した」という証拠
遺産分割協議書に署名し、実印を押すという行為は、単なる形式的な作業ではありません。それは、「私は、この書類に書かれている内容のすべてに法的に同意し、一切の異議を申し立てません」という最終的な意思表示です。
一度、署名・押印をしてしまうと、後から「やっぱり気が変わった」「内容が不公平だった」と主張しても、原則としてその合意を覆すこと(撤回や変更)は極めて困難になります。詐欺や脅迫といった特殊な事情がない限り、法的に有効な契約として扱われるのです。
ですから、印鑑を押す前には、必ず以下の点を確認してください。
- 遺産分割協議書に書かれている内容を、一字一句すべて読み、理解したか
- 「自分が財産を相続しない」という内容に、本当に納得しているか
- 他にどんな財産があるのか、財産目録などを見せてもらい、全体像を把握したか
少しでも疑問や不安な点があれば、納得できるまで説明を求め、決してその場で安易に押印しないようにしましょう。
あなたの場合はどっち?状況別の最適な選択
ここまで読んで、2つの方法の違いはご理解いただけたかと思います。では、あなたご自身のケースでは、どちらを選ぶのが最適なのでしょうか。判断の最大の分かれ道は、やはり「借金の有無(またはその可能性)」です。
ケース1:借金がある、または不明な場合 →「相続放棄」を検討
次のような状況に当てはまる場合は、「相続放棄」を真剣に検討すべきです。
- 故人が消費者金融やカードローンを利用していたことが分かっている
- 故人が事業を営んでおり、負債がある可能性がある
- 誰かの連帯保証人になっていたかもしれない
- 長年疎遠で、財産状況が全く分からない
これらの場合、安易に遺産分割協議で合意してしまうと、後から発覚した借金の支払い義務を負うリスクがあります。そのリスクを完全に断ち切るためには、家庭裁判所での「相続放棄」が最も安全で確実な選択です。前述のとおり、相続放棄には原則3ヶ月という期限がありますので、心当たりがある方は、一日も早く専門家へ相談することをおすすめします。
ケース2:借金がなく、相続人間で円満な場合 →「遺産分割協議」がスムーズ
一方で、次のような状況であれば、「遺産分割協議」で財産をもらわない旨の合意をするのが、最も現実的でスムーズな方法と言えるでしょう。
- 故人の財産状況をよく把握しており、借金がないと断言できる
- 相続人全員の仲が良く、話し合いで円満に合意できる
- 特定の相続人に財産を集中させることに、全員が納得している
冒頭の事例のように、多くの円満な相続ではこの方法が取られています。家庭裁判所を介さず、相続人同士の話し合いで柔軟に解決できるため、時間や費用の負担も少なくて済みます。
判断に迷ったら、印鑑を押す前に専門家へご相談ください
「相続しない」という一言の裏には、法的に大きく異なる2つの道があることをご理解いただけたでしょうか。
故人に借金があるかどうかが大きな判断基準となりますが、中には「借金があるか分からない」「財産の全体像が掴めない」「他の相続人に強く押されて断れない」など、ご自身で判断するのが難しいケースも少なくありません。
一つだけ確かなことは、少しでも不安や疑問があるのなら、安易に実印を押してはいけないということです。
私たち、いがり綜合事務所(代表司法書士:猪狩 佳亮、所在地:神奈川県川崎市川崎区宮前町12-14-505、所属:神奈川県司法書士会)は、相続を専門とする司法書士事務所です。これまで年間100件を超えるご家庭の相続手続きをお手伝いしてきた経験から、あなたの状況を丁寧にお伺いし、法的なリスクや今後の見通しを分かりやすくご説明した上で、あなたにとって最善の選択肢は何かを一緒に考えます。
「こんなことを聞いてもいいのかな?」と遠慮する必要は全くありません。私たちは、敷居の低い「身近な専門家」として、あなたの不安な心に寄り添うことをお約束します。
当事務所では、お仕事でお忙しい方でもご相談しやすいよう、平日夜間(19時、20時開始)や土日祝日のご相談にも対応しております。大切な印鑑を押してしまう前に、まずは一度、私たちの無料相談(事前予約制)を利用してみませんか?あなたからのお問い合わせを、心よりお待ちしております。
【事務所情報】
司法書士・行政書士・社会保険労務士 いがり綜合事務所
代表司法書士:猪狩 佳亮(いがり よしあき)
所在地:〒210-0012 神奈川県川崎市川崎区宮前町12番14号 シャンボール川崎505号
所属会:神奈川県司法書士会

司法書士・行政書士・社会保険労務士いがり綜合事務所の司法書士 猪狩 佳亮(いがり よしあき)です。神奈川県川崎市で生まれ育ち、現在は遺言や相続のご相談を中心に、地域の皆さまの安心につながるお手伝いをしています。8年の会社員経験を経て司法書士となり、これまで年間100件を超える相続案件に対応。実務書の執筆や研修の講師としても活動しています。どんなご相談も丁寧に伺いますので、気軽にお声がけください。
