公正証書が無理でも大丈夫。最低限の自筆証書遺言が持つ本当の意味

遺言は「公正証書が一番」は本当。でも、それが難しい…

この記事にたどり着かれたということは、ご家族を想い、遺言書の必要性を感じていらっしゃるのですね。きっと、いろいろとお調べになる中で「遺言書は、公正証書で残すのが一番安全で確実だ」という情報を何度も目にされたことでしょう。

それは、専門家である私も含め、誰もが認めるところです。しかし、頭では分かっていても、現実にはそれが難しい…という方が大勢いらっしゃることも、私たちは日々の相談の中で痛感しています。

この記事は、理想論だけを語るものではありません。公正証書遺言の作成に踏み切れない、あなたと同じような悩みを抱える方のために、今すぐできる、そして非常に大きな意味を持つ「現実的な次の一手」について、丁寧にお話ししていきます。

法的な安全性で公正証書が最優先なのは間違いない

まず大前提として、公正証書遺言が法的に最も安全性が高い選択肢であることは間違いありません。公証人という法律のプロが作成に関与するため、形式の不備で無効になる心配がほとんどありません。また、原本が公証役場で保管されるため、紛失や改ざんのリスクも極めて低いです。

相続が始まった後も、家庭裁判所での「検認」という手続きが不要で、スムーズに不動産の名義変更や預貯金の解約に進める点も大きなメリットです。このように、遺言書にはいくつかの種類がありますが、あらゆる面で公正証書遺言が優れているのは事実なのです。

専門家としても本音では公正証書を勧めたいけれど…

私たち専門家も、ご相談にいらっしゃった方には、まず公正証書遺言をお勧めします。それが、ご本人様の意思を最も確実に実現し、残されるご家族の負担を最小限にする方法だと知っているからです。

しかし、理想を言えばそうですが、それが叶わないご事情があることも重々承知しています。「本当はそうしたいけれど、できないんです…」という切実な声に、私たちは何度も耳を傾けてきました。では、なぜ多くの方が公正証書遺言の作成をためらってしまうのでしょうか。そこには、いくつかの「現実的な壁」が存在するのです。

それでも公正証書が作れない「4つの現実的な壁」

「公正証書が良いのは分かっているけど、行動に移せない…」その背景には、決してご本人の意思が弱いからではない、やむを得ない事情があることがほとんどです。ここでは、多くの方が直面する4つの壁について、具体的に見ていきましょう。

公正証書遺言の作成を阻む4つの壁(体力的・時間的、精神的、人間関係、思い込み)を分かりやすく図解したインフォグラフィック。

①体力的・時間的な壁(入院、余命、遠距離)

まず、物理的な問題です。ご高齢であったり、病気を患っていたりして、公証役場まで足を運ぶのが難しいという方は少なくありません。入院中であれば、外出許可を得るのも一苦労です。

もちろん、公証人が病院やご自宅まで出張してくれる制度もあります。しかし、ご本人様の体調が良いタイミングと、公証人や証人のスケジュールを合わせるのは、想像以上に大変なことです。特に、余命宣告を受けられているような状況では、残された時間は限られており、悠長に準備を進めるわけにもいきません。

②精神的な壁(公証役場へのハードル、先延ばし)

次に、心理的なハードルです。「公証役場」と聞くと、なんだかお役所のような堅苦しい場所をイメージしてしまい、「専門家と話すのは緊張する」「こんなことを聞いたら恥ずかしいかもしれない」と、足を遠ざけてしまう方がいらっしゃいます。

また、「遺言なんて、まだ先のこと」「元気なうちは縁起でもない」と考えて、つい先延ばしにしてしまうのも、非常によくあることです。必要性は感じつつも、心のどこかで「まだ大丈夫」という気持ちが、行動にブレーキをかけてしまうのです。

③人間関係の壁(住民票が頼めない事情)

これは実務上、意外なほど大きな壁となる問題です。公正証書遺言を作成する際には、相続人に財産を譲る場合は続柄が分かる戸籍関係書類などが必要になり、相続人以外の人に譲る場合はその方の住民票の写しが必要になることがあります。

相手が法定相続人(配偶者や子など)であれば、ご自身で取得することも可能です。しかし、例えば内縁の妻や、長年お世話になったご友人、甥や姪など、相続人ではない第三者に財産を遺したい場合、相手に直接住民票の取得をお願いしなければなりません。

「遺言のことはまだ内緒にしておきたい」「いきなり住民票を頼んだら、相手を驚かせてしまうかもしれない」といったデリケートな人間関係から、どうしても書類の準備が進められない、というケースは決して珍しくないのです。

夫婦仲が良いご家庭ほど、実は何も書いていない

そして、最も見過ごされがちなのが、「うちは家族仲が良いから大丈夫」という思い込みです。特にご夫婦の仲が良く、お互いに「私の財産はすべてあなたに」と考えているご家庭ほど、かえって遺言書の準備が後回しにされがちです。

以前、ご相談にいらっしゃったAさんご夫婦もそうでした。お二人はとても仲が良く、将来のことはいつも二人で話し合っていました。私はお二人にこうお伝えしました。

「Aさん、奥さん、このままどちらかが先にお亡くなりになると、残された方は大変な思いをされるかもしれません。だから、今お二人が話し合っているそのお気持ちが、ちゃんと実現するように、書類を書きませんか?」

ここでいう「書類」とは、遺言書のことです。しかも、内容は驚くほどシンプルでいいのです。「どうせ全部、配偶者が相続するんでしょ?」と思っているご夫婦ほど、実は何も書いていない。そして、その「何もない」状態が、後々、残された配偶者を苦しめることになる可能性を、私たちは知っています。

だからこそ「シンプルな自筆証書遺言」という現実解

ここまで見てきたような、様々な「壁」を前にして、ただ立ち尽くすしかないのでしょうか。いいえ、そんなことはありません。ここで私たちが強くお勧めしたいのが、「シンプルな自筆証書遺言」という選択肢です。

これは、公正証書に比べて劣る「妥協案」ではありません。今のあなたにとって、最も賢明で、確実な「現実解」なのです。完璧な100点満点の遺言を目指すあまり、結局0点のままになってしまうより、まずは今すぐできる方法で、大切な意思を形にすること。それには、計り知れない価値があります。

自宅の書斎で、家族への想いを込めて自筆証書遺言を書いている高齢の男性。

たった一文の遺言が相続を劇的に変える

例えば、こんな一文だけの遺言書があったとします。

「私の全財産を、妻〇〇に相続させる」

この、たった一文が、相続手続きを劇的に変える力を持っています。その最大の効果は、「遺産分割協議が不要になる」ことです。

遺言書がない場合、相続人全員で「誰が、どの財産を、どれだけ相続するか」を話し合って遺産分割協議書を作成し、その内容に基づいて手続きを進めるのが一般的です。なお、不動産については、遺産分割協議をせずに法定相続分どおりの相続登記を行う方法もあります。もし相続人の中にお子さんがいれば、たとえ親子関係が良好でも、お子さんたちの協力が不可欠になるのです。この一文があることで、遺産分割協議が不要となり、手続きの負担を大きく減らせることがあります。ただし、自筆証書遺言の場合は家庭裁判所の検認が必要になることがあり、状況によっては遺留分への対応などが必要になる場合もあります。

配偶者が単独で不動産や預金手続きを進められる強み

遺産分割協議が不要になるメリットは、計り知れません。特に、残された配偶者にとっては、精神的にも手続き的にも大きな救いとなります。

遺言書があれば、他の相続人(例えばお子さんたち)から実印や印鑑証明書をもらう必要がなくなります。配偶者お一人で、法務局での不動産の名義変更(相続登記)や、銀行での預貯金の解約手続きを進めることができるのです。大切な方を亡くした悲しみの中で、煩雑な書類集めに奔走する必要がなくなる。この意味の大きさを、ぜひ知っていただきたいと思います。

最低限守るべき3つのルール【無効にしないために】

ただし、自筆証書遺言が法的な効力を持つためには、必ず守らなければならないルールがあります。内容はシンプルでも、形式は厳格です。無効になってしまっては元も子もありませんので、以下の3つのポイントだけは、必ず押さえてください。

  1. 全文、日付、氏名を自分で書く(自書)
    パソコンや代筆は認められません。財産目録を除き、本文のすべてをご自身の筆跡で書いてください。日付は「令和〇年〇月〇日」のように、特定できる形で明確に記入します。
  2. 必ず押印する
    認印でも構いませんが、実印の方が望ましいです。署名の横に、忘れずに印鑑を押してください。
  3. 財産が特定できるように書く
    「不動産」「預貯金」と書くだけでなく、不動産であれば所在・地番など登記簿謄本の通りに、預貯金であれば銀行名・支店名・口座番号などを記載し、どの財産のことか第三者が見ても分かるようにしましょう。

これらのルールさえ守れば、自筆証書遺言は法的に有効なものとなります。さらに詳しく自筆証書遺言の注意点を知りたい方は、別の記事でも解説しています。また、作成した遺言書を法務局で保管してもらうことで、紛失のリスクをなくし、家庭裁判所での検認も不要にできる制度もありますので、活用を検討するのも良いでしょう。

より詳しい情報については、法務省の公式サイトもご参照ください。
参照:法務省:自筆証書遺言書保管制度について

完璧な遺言より「書いてある遺言」。専門家としての本音

ここまで、シンプルな自筆証書遺言が持つ大きな力についてお話ししてきました。最後に、相続の現場を数多く見てきた専門家として、私が心からお伝えしたいことがあります。

それは、「理想を追い求めるあまり、何もできずに時間だけが過ぎてしまうことが、何よりも一番のリスクだ」ということです。

司法書士事務所で、専門家である司法書士に遺言の不安を相談している夫婦。

「何もない」状態との差は天と地ほどある

不備があるかもしれない、内容が不十分かもしれない。自筆証書遺言には、確かにそうした不安がつきまといます。しかし、それでも遺言書が「ない」状態と「ある」状態とでは、天と地ほどの差があるのです。

遺言書がないばかりに、仲の良かったはずの家族が財産を巡って対立し、何年も口をきかなくなってしまった…そんな悲しい場面を、私たちは何度も見てきました。たとえシンプルな一文でも、あなたの意思が記された紙が一枚あるだけで、そうした最悪の事態の多くは防ぐことができるのです。0点と1点の差は、1点ではありません。それは、残された家族の未来を守れるかどうかの、無限大の差なのです。

まずは自筆で。将来、公正証書へ切り替える選択も

自筆証書遺言を「最終決定版」と考える必要はありません。「第一歩」と考えてみてはいかがでしょうか。

まずは、今の体力、今の時間、今の気持ちで、確実に残せる自筆証書遺言を作成する。そして将来、心身ともに余裕ができたタイミングで、より安全性の高い公正証書遺言に書き換える。遺言書は何度でも書き換えることができるのです。

このようにステップを踏むと考えれば、ぐっと心理的なハードルが下がりませんか?大切なのは、先延ばしにせず、今できる最善の行動をとることです。

それでも不安なら、専門家が伴走します

「自分一人で書くのは、やはり不安だ」「書き方は分かったけれど、内容に間違いがないか見てほしい」もしそう思われたら、どうか一人で抱え込まないでください。

私たち司法書士は、公正証書遺言の作成サポートはもちろん、自筆証書遺言の内容チェックや、より確実な書き方のアドバイスも行っています。専門家が伴走することで、自筆証書遺言の安全性は格段に高まります。あなたの「今、残したい」という大切な想いを、私たちがしっかりと法的な形にするお手伝いをいたします。

まずは相談で、今の不安をお聞かせください

まとめ:今の意思を、今の形で残すという大切な選択

この記事では、公正証書遺言の作成が難しいと感じている方へ、シンプルな自筆証書遺言が持つ本当の意味と価値についてお伝えしてきました。

  • 公正証書が理想ですが、現実には体力的・時間的・精神的な壁があります。
  • しかし、「全財産を妻に相続させる」といったシンプルな自筆証書遺言でも、相続トラブルを防ぎ、手続きを劇的に簡略化する絶大な力があります。
  • 完璧な遺言を目指すあまり何もしないで終わるより、不完全でも「遺言がある」状態にすることが、何よりも重要です。

大切なのは、完璧さよりも「存在すること」そのものです。あなたの今の意思を、今のあなたにできる形で残す。その小さな一歩が、愛するご家族の未来を末永く守る、何よりの贈り物になるはずです。

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