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死後事務委任契約で「銀行・賃貸・携帯」の手続きはどこまで可能?
「自分が亡くなった後、誰にも迷惑をかけたくない」
そうした思いから、終活の一つとして死後事務委任契約を検討される方が増えています。特に、銀行口座の解約、住んでいた賃貸アパートの退去、携帯電話の解約といった身近な手続きを、信頼できる第三者に任せたいと考えるのは自然なことでしょう。
しかし、「死後事務委任契約さえ結んでおけば、死後の手続きはすべて安心」と考えているとしたら、注意が必要かもしれません。
実は、この契約には明確な限界があります。特に、預貯金の払い戻しや財産の処分といった行為は、死後事務委任契約だけでは対応できない範囲があります。この記事では、司法書士の視点から、死後事務委任契約で「できること」と「できないこと」の境界線を、特にご相談の多い「銀行」「賃貸」「携帯」の3つのテーマに絞って、具体的に解説していきます。
なぜ、万能に見えるこの契約に限界があるのか? どうすればご自身の希望を実現しやすくできるのか? その答えを一緒に見つけていきましょう。このテーマの全体像については、死後事務委任契約についてで体系的に解説しています。
「事務手続き」と「財産処分」の大きな違い
死後事務委任契約の限界を理解するための最も重要なキーワードが、「事務手続き」と「財産処分」の違いです。この二つは似ているようで、法律上の意味は全く異なります。
- 事務手続き:役所への死亡届の提出、公共料金の解約、葬儀の手配など、主として身の回りの整理や契約関係の終了に関する手続きのことです。これらは死後事務委任契約で依頼されることが多い手続きであり、受任者(依頼された人)が代理で行うことができます。
- 財産処分(法律行為):預貯金を解約して現金化する、不動産を売却する、株式を換金するといった、財産そのものを動かし、その権利関係に変動を生じさせる行為のことです。
死後事務委任契約は、死亡後の身の回りの整理や各種契約の終了手続きなどを委任する契約です。そのため、預貯金の払い戻しや不動産の売却といった「財産処分」に該当する行為は、原則としてこの契約の範囲外となります。これが、死後事務委任契約の限界を理解するうえで重要な考え方です。

なぜ遺言書や相続人の協力が必要になるのか
では、「財産処分」は誰が行うのでしょうか。その答えが、「遺言執行者」または「相続人全員」です。
故人の財産を誰がどのように引き継ぐかを決めることは、相続人固有の権利です。この権利を、相続人以外の一人が契約だけで左右することはできません。だからこそ、財産処分には法的な裏付けが必要になります。
その強力な裏付けとなるのが「遺言書」です。遺言書で「遺言執行者」を指定しておけば、その人は単独で預貯金の解約や不動産の名義変更など、財産に関する手続きを進める権限を持ちます。
もし遺言書がなければ、相続人全員で話し合って財産の分け方を決める「遺産分割協議」を行い、その合意に基づいて手続きを進めることになります。この場合、相続人のうち一人でも反対すれば、手続きはストップしてしまいます。
このように、死後事務委任契約が「身の回りの手続きの代行役」であるのに対し、遺言書は「財産の行き先を決める指示役」という、全く異なる役割を担っているのです。
【一覧表】手続き別!死後事務委任と遺言・相続の境界線
それでは、具体的な手続きごとに「どこまでが死後事務委任で可能」で、「どこからが遺言や相続人の協力が必要」になるのか、その境界線を詳しく見ていきましょう。

①銀行口座:解約はできるが「払い戻し」は相続手続き
金融機関への死亡届の提出や、それに伴う口座凍結の手続きは死後事務の範囲内です。しかし、最も重要な預貯金の払い戻しや、残高がある状態での口座解約は「財産処分」にあたるため、死後事務委任契約だけではできません。
金融機関は、正当な権利者(相続人や遺言執行者)以外に預金を払い戻すことを非常に厳しく管理しています。実務上、受任者が死後事務委任契約書を持参しても、払い戻しに応じてもらえるケースはほとんどありません。残高をゼロにして初めて可能になる「解約」手続きは、結果的に相続手続きを経なければ完了できないのです。この点は、銀行・証券口座の相続手続きでさらに詳しく解説しています。
②賃貸物件:退去手続きと「敷金返還」の受け取り
賃貸物件の大家さんへの解約通知、室内の遺品整理、そして部屋の明け渡しといった一連の退去手続きは、死後事務として委任できます。しかし、注意点があります。それは「敷金」の扱いです。
原状回復費用などを差し引いて返還される敷金は、故人のプラスの財産(相続財産)です。そのため、敷金を受領する権限は相続人または遺言執行者にあります。受任者が退去手続きはできても、返還された敷金を代理で受け取ることは原則としてできません。このあたりは、亡くなった後の契約整理でも触れていますが、事務と相続が絡み合う複雑なポイントです。
③携帯・公共料金:解約は可能、ただし未払い金は相続債務
携帯電話、電気、ガス、水道といったライフラインの解約手続きは、典型的な死後事務であり、契約に基づいてスムーズに進めることができます。
ただし、亡くなった時点で未払いの利用料金やスマートフォンの端末代金の残債があった場合、それらは「マイナスの財産(債務)」として相続人が引き継ぐことになります。通常は、契約時に預けた預託金から受任者が清算しますが、不足分は相続人が支払う義務を負うことになります。クレジットカードの未払いなども同様に、相続債務として扱われるため注意が必要です。
④デジタル遺品:データ消去と「財産価値のあるもの」の境界
SNSアカウントの閉鎖や、パソコン・スマートフォン内の個人的なデータの消去・物理的な破壊は、死後事務として依頼可能です。「人に見られたくないもの」を確実に処分してもらえるのは、大きな安心材料でしょう。
しかし、デジタル遺品の中にも「財産」は存在します。ネット銀行の預金、暗号資産(仮想通貨)、FXの口座、有料ブログの収益、ネット証券の株式などはすべて相続財産です。これらの解約や現金化は、やはり相続人や遺言執行者の権限となります。IDやパスワードが分からない場合、その調査も含めてデジタル遺産の相続は複雑になりがちで、この境界線を曖昧にしておくと、後々トラブルの原因になりかねません。
実例で見る「死後事務だけ」で起こりうるトラブル
「死後事務委任契約だけでは不十分」と言われても、なかなかイメージが湧かないかもしれません。ここでは、実際に私がご相談を受けた事例を基に、「死後事務だけ」で契約してしまった場合に起こりうる典型的なトラブルをご紹介します。
ケース1:銀行解約後の残金を寄付したいが…
ある日、70代の女性からこんなご相談を受けました。
「私が死んだら、アパートの退去や携帯の解約をお願いしたいのです。それらの支払いが終わった後、銀行口座に残ったお金は、長年お世話になったNPO法人に全額寄付してほしいのですが、その旨を死後事務委任契約にまとめて書いておけば大丈夫ですよね?」
その方の温かいお気持ちは痛いほど伝わってきましたが、私は「その内容ですと、残念ながらご希望は叶えられません」とお伝えせざるを得ませんでした。
なぜなら、預金残高を特定の団体に寄付する行為は、まさしく「財産処分」そのものです。死後事務の受任者には、その権限がありません。もしこのまま亡くなられた場合、残った預金は法定相続人(この方の場合、疎遠になっているご兄弟)のものとなり、寄付は実現されません。
この説明に、相談者様は大変驚かれていました。良かれと思って考えた内容が、法的には全く意味をなさなかったのです。最終的に、この方には死後事務委任契約書と合わせて、「残余財産をNPO法人に遺贈する」という内容の公正証書遺言を作成することをご提案し、ご自身の想いを法的に実現しやすい形で残すお手伝いをさせていただきました。遺贈寄付という形で、法的に有効な意思表示をすることが重要だったのです。

ケース2:不動産を売却して葬儀費用に充てたいが…
次にご紹介するのは、ご自身の葬儀費用について心配されていた男性からのご相談です。
「見られたくないデータが入っているので、死後はパソコンやスマホを物理的に破壊してください。それと、今住んでいるこの自宅(土地と建物)を売却して、そのお金でお葬式やお墓の費用に充ててほしいのです。これらも全部、死後事務として任せられますか?」
このご相談も、ケース1と同様の課題を抱えていました。
パソコンやスマホの処分は死後事務の範囲内ですが、不動産の売却は最も典型的な「財産処分」であり、死後事務の受任者には到底できない行為です。
このご希望を実現するには、やはり遺言書が不可欠です。遺言書で遺言執行者を定め、「不動産を売却し、その代金から葬儀費用等を支払い、残りを〇〇に相続させる」といった具体的な指示を残しておく必要があります。もし遺言書がなければ、相続不動産の売却は相続人全員の同意がなければ進められず、売却代金を葬儀費用に充てるというご本人の希望は、相続人の判断次第という不確実な状態になってしまいます。
この方にも、死後事務委任契約と公正証書遺言をセットで作成することの重要性をご説明し、安心して老後を過ごすための準備をお手伝いしました。
希望を叶える契約書の作り方と専門家への相談
では、これまで見てきたようなトラブルを避け、ご自身の希望を実現しやすくするためには、どうすればよいのでしょうか。その鍵は、契約書の作り方と専門家の活用にあります。
依頼範囲を明確にする契約書の書き方のポイント
死後事務委任契約書を作成する際は、後々のトラブルを防ぐために、以下の点を意識することが重要です。
- 委任する事務を具体的に列挙する:「一切の事務」のような曖昧な書き方ではなく、「〇〇電力の解約手続き」「〇〇市役所への死亡届の提出」など、できる限り具体的に記載します。
- 財産処分に関する内容は含めない:「預金を解約して〇〇に支払う」「不動産を売却する」といった内容は記載しません。これは遺言書で定めるべき事項です。
- 費用の出所(預託金)を明確にする:受任者が事務を行うための費用を、事前に預託金として預けるのが一般的です。その金額と使途(葬儀費用、未払家賃の清算など)を明確にしておきましょう。
- 遺言書と連携していることを明記する:もし遺言書も作成している場合、「財産の処分については、別途作成した遺言書の内容に従う」といった一文を入れておくと、両者の役割分担が明確になります。
ご自身で完璧な遺言書作成や契約書作成を行うのは、なかなか難しいものです。だからこそ、専門家への相談が有効なのです。
なぜ司法書士にセットで依頼するのが安心なのか
死後事務委任契約と遺言書は、役割が異なるため、目的に応じて組み合わせて準備することが重要です。死後の手続きを円滑に進めるためには、両者の役割分担を整理したうえで、法的に有効な形で書類を作成する必要があります。
司法書士にセットで依頼するメリットは、主に3つあります。
- 法的に有効で、漏れのない書類を作成できる:ご自身の希望をヒアリングした上で、それが法的に実現可能なのかを判断し、死後事務と遺言に適切に振り分け、有効な書類を作成します。
- 死後事務と相続手続きの連携がスムーズになる:同じ専門家が両方に関与することで、受任者(死後事務)と遺言執行者(相続)を兼任することも可能になり、死後の手続きが非常にスムーズに進みます。
- 中立的な立場で、相続人との調整役も期待できる:万が一、相続人との間で誤解が生じた場合でも、専門家が第三者として法律に基づいた説明を行うことで、円満な解決をサポートできます。
ご自身の死後のことを考えるのは、決して簡単なことではありません。しかし、元気なうちにしっかりと生前の準備をしておくことで得られる安心感は、何物にも代えがたいものです。どの相続に強い専門家に相談すべきか迷われたら、ぜひ一度当事務所の無料相談をご利用ください。
死後事務委任契約は、民法上の委任契約の一種です。詳細な条文については、下記をご参照ください。
参照:民法 | e-Gov法令検索
まとめ:死後の手続きは「死後事務」と「遺言」のセットで備えましょう
今回は、死後事務委任契約の限界、特に「銀行・賃貸・携帯」の手続きにおける境界線について解説しました。
この記事の最も重要なポイントをまとめると、以下のようになります。
- 死後事務委任契約でできるのは、原則として「事務手続き」のみ。
- 預貯金の払い戻しや不動産売却などの「財産処分」は、契約の範囲外。
- 財産のことを確実に実行してもらうためには、「遺言書」が不可欠。
「身の回りのことは死後事務委任契約」「財産のことは遺言書」。この二つをセットで準備しておくことが、ご自身の最後の意思を確実に実現し、残された方々への負担を減らすための最善の方法です。なぜ遺言書を作成することが重要なのか、その理由も併せてご理解いただけたなら幸いです。
ご自身のケースではどう準備すれば良いのか、具体的な一歩を踏み出したいとお考えでしたら、どうぞお気軽にご相談ください。状況に応じた準備方法を整理し、必要な手続きをご案内します。

司法書士・行政書士・社会保険労務士いがり綜合事務所の司法書士 猪狩 佳亮(いがり よしあき)です。神奈川県川崎市で生まれ育ち、現在は遺言や相続のご相談を中心に、地域の皆さまの安心につながるお手伝いをしています。8年の会社員経験を経て司法書士となり、これまで年間100件を超える相続案件に対応。実務書の執筆や研修の講師としても活動しています。どんなご相談も丁寧に伺いますので、気軽にお声がけください。
