銀行の数だけ印鑑証明書を用意するのは間違い?
「父が亡くなり、銀行口座が5つ見つかった。相続手続きには相続人全員の印鑑証明書が必要らしいけど、まさか全員分を5通ずつ用意しないといけないの?」
相続手続きを前に、このように頭を抱えている方は少なくありません。印鑑証明書を何通も取得するのは手間も費用もかかりますし、他の相続人にお願いするのも気が引けますよね。
ご安心ください。取引銀行の数だけ印鑑証明書を用意する必要は、必ずしもありません。
なぜなら、多くの金融機関では、提出した印鑑証明書の原本をコピーした後に返却してくれる「原本返却」という対応をとっているからです。この仕組みを上手に活用すれば、必要最小限の通数で、複数の銀行の相続手続きをスムーズに進めることが可能です。
なお、印鑑証明書が必要となる人は、遺産分割協議書の有無、遺言書の有無、金融機関所定の相続届の使い方などによって異なります。必ずしもすべてのケースで相続人全員分が必要になるわけではありません。
この記事では、司法書士としての実務経験に基づき、銀行の相続手続きで印鑑証明書を無駄なく効率的に使い回すための具体的な方法と、ご自身の状況に合わせた最適な必要枚数を判断する手順を分かりやすく解説します。この記事では、手続きにかかる手間とコストを抑えるための判断材料を整理します。銀行の相続手続き全般については、銀行・証券口座の手続きで体系的に解説していますので、そちらも併せてご覧ください。
なぜ銀行の相続手続きで印鑑証明書が必要なのか
本題に入る前に、そもそもなぜ銀行の相続手続きで印鑑証明書がこれほど重要視されるのか、その理由を簡単におさえておきましょう。
銀行が相続手続きで印鑑証明書を求める主な理由は、「遺産分割協議書や金融機関所定の相続届などに押された実印が、相続人本人のものであることを確認するため」です。
遺産分割協議書は、「誰が、どの財産を、どれだけ相続するか」を相続人全員で話し合って決めた、非常に重要な合意文書です。この書類には、合意の証として相続人全員が署名し、実印を押印します。
銀行は、その押された印影と印鑑証明書を照合することで、
- その印鑑が市区町村に登録された本物の実印であること
- 相続人全員が、確かに遺産分割の内容に同意していること
この2点を確認し、手続きの正当性と信頼性を担保しているのです。万が一、偽造された印鑑で手続きが行われ、後から「私は同意していない」という相続人が現れた場合、銀行は大きなトラブルに巻き込まれてしまいます。印鑑証明書は、こうしたリスクを抑え、故人の預金を正当な相続人へ引き渡すために、本人確認と意思確認を補強する重要な資料です。遺産の分け方について合意する際は、安易に実印を押すのではなく、その意味を正しく理解しておくことが大切です。
金融機関でこんなに違う!印鑑証明書の取り扱い
「原本を返してもらえるなら1通で十分?」と考えるのは、少し早いかもしれません。実は、印鑑証明書の取り扱いは、金融機関によって微妙にルールが異なります。特に「有効期限」は注意が必要なポイントです。ここでは、具体的な対応の違いを見ていきましょう。
原則「原本返却」に対応している金融機関
メガバンク(三菱UFJ銀行、三井住友銀行、みずほ銀行など)やゆうちょ銀行、多くの地方銀行では、窓口で相続手続きを行う際に提出した印鑑証明書の原本は、コピーを取った後にその場で返却してくれる「原本返却」に原則として対応しています。
ただし、黙っていては返却されない可能性もあります。手続きの際には、「他の金融機関でも使用しますので、印鑑証明書の原本を返却してください」とはっきりと申し出ることが非常に重要です。この一言を伝えるだけで、何通も印鑑証明書を取得する手間を省けるのです。
また、銀行によっては貸金庫の解約手続きなどでも同様の書類を求められることがありますので、申し出を忘れないようにしましょう。

郵送手続きの場合の原本返却
最近では、相続手続きを郵送で受け付けている金融機関も増えています。遠方にお住まいの場合や、平日に窓口へ行く時間がない方には便利な方法です。
郵送の場合でも、原本返却を希望することは可能です。郵送手続きで原本返却を希望する場合は、金融機関所定の方法に従って返却希望を伝えましょう。所定のチェック欄や依頼書がある場合もあるため、事前に確認しておくのが確実です。
ただし、注意点もあります。郵送の場合、書類が金融機関に到着し、手続きが完了してから返送されるため、手元に原本が戻ってくるまでには一定の時間がかかります。複数の手続きを同時並行で進めたい場合は、郵送でのやり取りにかかる時間も考慮に入れる必要があります。事前に電話などで返却方法や所要時間を確認しておくと安心です。
注意!印鑑証明書の「有効期限」
印鑑証明書の原本を使い回す上で、最も注意しなければならないのが「有効期限」です。印鑑証明書そのものに有効期限はありませんが、提出先である金融機関が独自のルールを設けています。
| 金融機関 | 有効期限 |
|---|---|
| 三菱UFJ銀行 | 発行後6ヶ月以内(被相続人名義の借入れがある場合は3ヶ月以内) |
| 三井住友銀行 | 発行後6ヶ月以内 |
| みずほ銀行 | 発行後6ヶ月以内 |
| ゆうちょ銀行 | 発行後6ヶ月以内 |
| 多くの地方銀行・信用金庫 | 発行後3ヶ月以内 または 6ヶ月以内のことが多い |
※上記は2026年10月現在の一般的な情報です。手続きの際は、必ず各金融機関にご確認ください。
このように、メガバンクやゆうちょ銀行は「発行後6ヶ月以内」と比較的長い期間を設けている一方、地方銀行や信用金庫の中には「発行後3ヶ月以内」と短い期限を設定しているところもあります。
複数の金融機関を順番に回る場合、最初に取得してから時間が経つと、後半の手続き先で「期限切れです」と言われてしまうリスクがあるのです。これを防ぐためには、有効期限が短い金融機関から先に手続きを進めるといった計画性が重要になります。詳しい有効期限の考え方については、「相続登記で使う書類の有効期限」の記事もご参照ください。
【実践】最適な必要通数を判断する3つのステップ
ここからは、ご自身の状況に合わせて、印鑑証明書を具体的に何通取得すればよいかを判断するための、実践的な3つのステップをご紹介します。この手順で進めれば、無駄なく、かつスムーズに手続きを進めることができるでしょう。
ステップ1:手続き先リストと優先順位を決める
まず最初に行うべきは、現状の把握と整理です。故人が取引していた可能性のある金融機関をすべてリストアップしましょう。通帳やキャッシュカード、郵便物などが手がかりになります。
リストアップができたら、次に手続きの優先順位を決めます。以下の点を考慮すると、効率的な順番が見えてきます。
- 有効期限が厳しい金融機関:「発行後3ヶ月以内」など、期限が短いところは最優先で手続きします。
- 手続きが複雑そうな金融機関:投資信託や外貨預金など、手続きに時間がかかりそうなところも早めに着手するのが賢明です。
- 郵送でしか対応していない金融機関:原本が手元に戻るまでの時間を考慮し、計画に組み込みます。
この最初の整理作業により、後の手続きで無駄な動きを減らしやすくなります。もし故人の財産がどこにあるか分からない場合は、まず財産調査から始める必要があります。
ステップ2:各金融機関に「原本返却」の可否を確認する
次に、ステップ1で作成したリストに基づき、各金融機関に印鑑証明書の原本返却が可能かどうかを事前に確認します。ウェブサイトの「相続手続きのご案内」ページに記載があることも多いですが、不明な場合は相続専門のコールセンターに電話で問い合わせるのが最も確実です。
この一手間をかけることで、取得すべき通数が劇的に変わる可能性があります。問い合わせる際は、以下のように具体的に聞いてみましょう。
【問い合わせ例文】
「亡くなった父の預金の相続手続きについてお伺いします。手続きの際に提出する相続人全員の印鑑証明書ですが、他の銀行でも使う予定があるため、原本を返却していただくことは可能でしょうか?また、有効期限は発行後何か月以内のものが必要でしょうか?」
不確かな情報で進めるのではなく、金融機関などの一次情報を確認することが、相続手続きを円滑に進めるための基本です。
ステップ3:緊急度に合わせて取得通数を決める
ステップ1と2の結果を踏まえ、いよいよ最終的な取得通数を決定します。ここでは、ご相談者様の状況に合わせて、私がいつもお伝えしている3つのパターンをご紹介します。
【司法書士の実践アドバイス】9つの銀行口座、印鑑証明書は何通必要?
先日、あるご相談者様から「父が9つの銀行に口座を持っていました。相続人3人分の印鑑証明書は、やはり9通ずつ取得すべきでしょうか?」というご質問をいただきました。これは非常によくあるご質問です。
この問いに唯一絶対の正解はありません。最適な通数は、ご家族が「何を優先したいか」によって変わってくるからです。私はいつも、次のように3つの選択肢をご提案しています。
パターン①:スピード最優先!とにかく早く終わらせたい場合
- 取得通数:各相続人につき9通(金融機関の数だけ)
- 進め方:9つの金融機関の手続きを同時並行で進めます。郵送手続きも活用すれば、窓口を回る手間も省け、最も短期間で完了できます。
- メリット:複数の金融機関の手続きを同時に進めやすい。
- デメリット:印鑑証明書の取得費用と手間が最もかかる。
パターン②:コスト最優先!時間はかかっても費用を抑えたい場合
- 取得通数:各相続人につき1通
- 進め方:1つの金融機関で手続きを終え、原本が返却されたら次の金融機関へ…という流れを9回繰り返します。窓口手続きのほか、返送を待てる場合は郵送手続きを組み合わせることも可能です。
- メリット:取得費用が最小限で済む。
- デメリット:すべての手続きが終わるまでにかなりの時間がかかる。
パターン③:バランス重視!効率的に進めたい場合
- 取得通数:各相続人につき2〜3通
- 進め方:2〜3通の印鑑証明書を使い、複数の金融機関の手続きをグループに分けて同時並行で進めます。例えば3通あれば、3行ずつ×3クールで完了できます。郵送手続きと窓口手続きを組み合わせることも可能です。
- メリット:時間とコストのバランスが良い。
- デメリット:有効期限や原本の返却時期を管理しながら進める必要があります。
このご相談者様は、それほど急いではいないものの、郵送のやり取りを9往復するのも大変だと感じ、「バランス重視」のパターン③を選ばれ、まずは3通ずつ取得して手続きを進めることになりました。このように、ご自身の状況に合わせて最適な方法を選ぶことが大切です。もし専門家に遺産承継業務として依頼する場合は、こうした計画立案から代行することが可能です。
印鑑証明書の使い回しに関するQ&A
最後に、印鑑証明書の使い回しに関してよくいただくご質問にお答えします。
Q. 不動産の相続登記でも印鑑証明書は使い回せますか?
A. はい、可能です。
銀行だけでなく、不動産の相続登記(名義変更)で法務局に提出した印鑑証明書も、「原本還付」の手続きをすれば返却してもらえます。
例えば、まず法務局で不動産の名義変更手続きを行い、返却された印鑑証明書を銀行の預金解約手続きに使う、という流れも可能です。ただし、法務局での手続きには時間がかかる場合もあるため、印鑑証明書の有効期限には十分注意してください。
Q. 戸籍謄本など他の書類も返却してもらえますか?
A. はい、多くの金融機関で返却してもらえます。
印鑑証明書と同様に、故人の出生から死亡までの一連の戸籍謄本や除籍謄本、相続人全員の現在の戸籍謄本なども、原本還付に対応している金融機関がほとんどです。これらも忘れずに返却を申し出ましょう。
なお、戸籍謄本の収集や返却の手間を大幅に削減できる「法定相続情報一覧図の写し」という便利な制度もあります。法務局で一度認証を受ければ、その写しが戸籍謄本一式の代わりになるため、手続き先が多い場合には非常に有効です。戸籍謄本の広域交付制度と合わせて活用を検討するのも良いでしょう。

Q. 取得した印鑑証明書を他の相続人に渡すのが不安です…
A. 目的が明確であれば、過度に心配する必要はありません。
他の相続人に印鑑証明書を預けることに不安を感じるお気持ちはよく分かります。確かに、実印と印鑑証明書がセットになると、非常に強い証明力を持つため悪用を心配される方もいらっしゃいます。
しかし、遺産分割協議書のように、内容を全員で確認し、ご自身で署名・押印した書類と一緒に渡すのであれば、その目的以外で悪用されるリスクは低いと言えます。絶対に避けるべきなのは、内容が書かれていない白紙の委任状などに実印を押し、印鑑証明書をセットで渡すことです。これは絶対にやめましょう。
もし疎遠な相続人とのやり取りに不安がある場合や、どうしても心配な場合は、司法書士などの専門家が中立な立場で手続きを代行することも可能です。専門家が間に入ることで、書類の受け渡しなども安全かつスムーズに進めることができます。
まとめ:計画的な準備で、相続手続きはもっとスムーズに
今回は、複数の銀行で相続手続きを行う際の印鑑証明書の必要枚数と、原本を上手に使い回す方法について解説しました。
最後に、重要なポイントを3つにまとめます。
- 銀行の数だけ印鑑証明書は不要!多くの金融機関は「原本還付」に対応しているため、使い回しが可能です。
- 「事前確認」が最も重要!手続きを始める前に、各金融機関の「原本返却の可否」と「有効期限」を確認しましょう。
- 「緊急度」で取得通数を決める!ご自身の状況に合わせて、「スピード」「コスト」「バランス」のどれを優先するか考え、計画的に取得しましょう。
この記事の内容を参考に、必要書類の取得通数や手続きの順番を整理していただければ幸いです。
とはいえ、相続手続きは金融機関とのやり取りだけでなく、戸籍の収集や遺産分割協議書の作成など、非常に多岐にわたります。相続人の皆様が遠方にお住まいだったり、お仕事で忙しかったりすると、相続人の皆様だけで進めるのは大きな負担となることもあります。
もし手続きの進め方に不安を感じたり、相続人同士の調整が難しいと感じられたりした場合は、どうぞ一人で抱え込まず、私たち相続の専門家にご相談ください。「いがり円満相続相談室」では、皆様のお話をじっくりお伺いし、状況に応じた手続きの進め方をご提案します。まずは無料相談から、お気軽にお問い合わせいただければと思います。

司法書士・行政書士・社会保険労務士いがり綜合事務所の司法書士 猪狩 佳亮(いがり よしあき)です。神奈川県川崎市で生まれ育ち、現在は遺言や相続のご相談を中心に、地域の皆さまの安心につながるお手伝いをしています。8年の会社員経験を経て司法書士となり、これまで年間100件を超える相続案件に対応。実務書の執筆や研修の講師としても活動しています。どんなご相談も丁寧に伺いますので、気軽にお声がけください。
