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所有不動産記録証明制度とは?2026年開始の新制度を専門家が解説
所有不動産記録証明制度とは?2026年2月開始の背景
「親が亡くなったけれど、どこに不動産を持っているか分からない…」「田舎にも土地があるらしいけど、詳しい場所も書類も見たことがない…」
相続のご相談を受けていると、このようなお悩みを本当によく耳にします。これまでの不動産調査は、まさに手探りの状態から始まることが少なくありませんでした。
こうした状況を大きく変える可能性を秘めた新制度が、2026年(令和8年)2月2日からスタートする「所有不動産記録証明制度」です。
この制度がなぜ今、必要とされているのでしょうか。その背景には、日本社会が抱える2つの大きな課題が関係しています。
- 所有者不明土地問題:相続が発生しても登記がされないまま放置され、所有者が分からなくなってしまった土地が全国で増加。公共事業や災害復旧の妨げになるなど、深刻な社会問題となっています。
- 相続登記の義務化:この所有者不明土地問題の解決策として、2024年4月1日から相続登記が義務化されました。これにより、相続人は不動産を取得したことを知った日から3年以内に登記申請をしなければならなくなりました。
しかし、義務を果たそうにも、そもそも「どの不動産を相続したのか」を正確に把握できなければ、登記のしようがありません。従来の調査方法では、市区町村ごとに「名寄帳」を取得したり、手元にある古い権利証や固定資産税の納税通知書を頼りにしたりと、非常に手間がかかり、調査漏れのリスクも常にありました。
所有不動産記録証明制度は、この「相続財産の調査」という、相続手続きの入り口にある大きなハードルを下げるために創設された、まさに待望の制度なのです。
(参照:法務省|所有者不明土地の解消に向けた民事基本法制の見直し(民法・不動産登記法等一部改正法・相続土地国庫帰属法))
所有不動産記録証明制度の概要【5つのポイント】
では、この新しい制度は具体的にどのようなものなのでしょうか。重要なポイントを5つに絞って見ていきましょう。

ポイント1:全国の不動産を「一括」で調査可能に
この制度の最大の特長は、特定の人が所有者として記録されている全国の不動産を、一つの証明書で一覧として確認できる点です。これまでのように、故人が不動産を所有していそうな市区町村の役場一つひとつに問い合わせる必要がなくなります。これは、相続財産調査における革命的な変化と言えるでしょう。
ポイント2:証明される内容
証明書には、請求した人が所有者として登記されている不動産について、以下の情報が一覧形式で記載されます。
- 不動産がある市区町村
- 地番や家屋番号などの不動産識別情報
- 所有権の登記名義人の氏名・住所
これにより、被相続人名義の不動産リストを効率的に作成することが可能になります。
ポイント3:請求できる人
誰でも請求できるわけではありません。プライバシー保護の観点から、請求できる人は限定されています。
- 所有権の登記名義人として記録されている者(自然人・法人)
- 相続人その他の一般承継人
相続手続きで利用する場合、亡くなった方(被相続人)の相続人であれば請求することができます。
ポイント4:施行日
この制度は、2026年(令和8年)2月2日から運用が開始される予定です。
ポイント5:手数料
手数料は、証明書1通につき、窓口で請求する場合は1,600円です。オンライン請求も可能で、手数料は申請方法等により異なる場合があります。
所有不動産記録証明書の申請方法と必要書類
次に、実際にこの証明書を取得するための手続きについて解説します。
どこで申請できる?
所有不動産記録証明書の交付請求は、お近くの法務局の窓口で行うことができます。また、オンラインでの請求も可能です。
申請から取得までの流れ
- 必要書類の準備:後述する書類を収集・作成します。
- 請求書の作成:法務局の窓口で入手するか、法務省のウェブサイトからダウンロードして、必要事項を記入します。
- 法務局へ請求:準備した書類一式を法務局の窓口に提出するか、オンラインで申請します。
- 手数料の納付:窓口請求の場合は収入印紙で手数料を納めます(オンライン請求の場合は電子納付等)。
- 証明書の交付:書類に不備がなければ、証明書が交付されます。
相続人が申請する場合の必要書類
相続人が、亡くなった親(被相続人)の不動産を調べるために申請する場合、一般的に以下の書類が必要になると考えられます。
- 所有不動産記録証明書交付請求書
- 被相続人の死亡の事実が記載された戸籍謄本(または除籍謄本)
- 請求者が被相続人の相続人であることが分かる戸籍謄本
- 請求者本人の氏名・住所を確認できる書類(運転免許証、マイナンバーカードなど)
特に、被相続人の出生から死亡までの戸籍謄本を揃えることで、他に相続人がいないことを証明でき、手続きがスムーズに進む場合があります。
従来の方法との違いは?名寄帳・固定資産税通知書との比較
この新制度が、従来の不動産調査と比べてどれほど画期的なのか。これまで相続手続きで主に使われてきた「名寄帳」と「固定資産税納税通知書」との違いを比較してみましょう。

| 所有不動産記録証明制度 | 名寄帳 | 固定資産税納税通知書 | |
|---|---|---|---|
| 調査範囲 | 全国 | 市区町村ごと | 市区町村ごと |
| 非課税不動産の記載 | 記載される | 記載される | 記載されない |
| 入手先 | 法務局 | 市区町村役場 | (毎年送付される) |
| 証明力 | 法務局による公的な証明 | 市区町村による証明 | 納税のための通知 |
この表から分かる通り、新制度の最大のメリットは「調査範囲」です。名寄帳は非常に有用な書類ですが、その市区町村内にある不動産しかリストアップされません。そのため、複数の市区町村に不動産を所有している可能性がある場合、それぞれの役場で名寄帳を取得する必要があり、時間も費用もかさみました。
所有不動産記録証明制度は、この「市区町村の壁」を取り払い、法務局という一つの窓口で全国の不動産を網羅的に調査できる点で、圧倒的な優位性があります。
また、固定資産税が課税されない私道や山林などもリストアップされるため、固定資産税納税通知書だけでは把握しきれなかった財産を発見できる可能性も高まります。これにより、不動産の名義変更(相続登記)の漏れを防ぐことにも繋がるでしょう。
専門家が指摘する注意点と制度の限界を補う方法
非常に便利な制度ですが、万能というわけではありません。この制度を過信すると、思わぬところで財産を見逃してしまう危険性もあります。ここでは、専門家として特に注意していただきたい点と、その対策について詳しく解説します。
注意点1:登記情報と現況の不一致による検索漏れ
この制度の最大の注意点は、「登記されている氏名・住所」と「請求する際の氏名・住所」が一致しないと、不動産がリストアップされない可能性があることです。
例えば、こんなケースが考えられます。
- 結婚で姓が変わった:不動産を取得したときは旧姓だったが、その後結婚して姓が変わった。しかし、不動産の名義は旧姓のままになっている。
- 何度も引っ越した:不動産を取得してから何度も転居を繰り返したが、登記上の住所は古いまま更新していない。
このような場合、現在の氏名や住所で請求しても、登記情報と一致しないため、システムが「該当者なし」と判断し、証明書に記載されない恐れがあるのです。特に、故人の登記簿上の住所が古いままになっているケースは、実務上決して珍しくありません。
注意点2:未登記の不動産は対象外
もう一つの重要な点は、この制度はあくまで「登記されている不動産」が対象だということです。したがって、そもそも登記がされていない不動産は、この証明書には記載されません。
具体的には、
- 親が昔建てた物置や車庫が登記されていない
- 建物を増築したが、その部分の登記をしていない
といったケースです。こうした未登記建物の存在を把握するためには、従来通り、固定資産税の課税明細書や名寄帳との突き合わせ、場合によっては現地調査なども依然として重要になります。
【専門家のノウハウ】検索漏れを防ぐための追加調査
では、どうすればこれらの「検索漏れ」のリスクを最小限にできるのでしょうか。私たち専門家が実務で行うであろう、より確実な調査方法をご紹介します。
その鍵となるのが「戸籍の附票(ふひょう)」です。
戸籍の附票とは、その戸籍が作られてから現在に至るまでの住所の履歴が記録された書類です。被相続人の出生から死亡までの戸籍謄本と、それに対応する戸籍の附票をすべて取得することで、過去の住所の変遷をすべて洗い出すことができます。
この情報をもとに、
- 考えられるすべての旧住所
- 結婚前の旧姓
といった複数の条件で所有不動産記録証明書を請求するのです。手間はかかりますが、この網羅的なアプローチによって、調査の精度を格段に高めることができます。戸籍謄本の広域交付制度などを活用すれば、これらの書類収集の負担も以前より軽減されています。
証明書を取得して「不動産はなかった」と安心するのではなく、「本当にこれで全部だろうか?」と一歩踏み込んで考える視点が、後々のトラブルを防ぐためには不可欠です。
相続手続きでの具体的な活用場面と取得後の流れ
最後に、この証明書を取得した後の具体的な活用方法について見ていきましょう。
- 相続財産の全体像を把握するまず、証明書に記載された不動産リストをもとに「財産目録」を作成します。これにより、相続人全員が相続財産の全体像を正確に共有することができます。これが、円満な相続の第一歩です。
- 遺産分割協議の基礎資料とする作成した財産目録は、誰がどの財産を相続するのかを話し合う「遺産分割協議」の土台となります。財産の全体像が不明確なまま協議を進めると、後から新たな財産が見つかった場合に協議のやり直しが必要になるなど、トラブルの原因になりかねません。
- 相続登記の準備に活用する遺産分割協議がまとまったら、不動産の名義を相続人に変更する「相続登記」の手続きに進みます。証明書に記載された情報をもとに、登記申請の準備をスムーズに進めることができます。(※現時点では、この証明書が登記申請の添付書類として使えるかは未定ですが、調査資料としての価値は非常に高いです。)

所有不動産記録証明制度は、相続手続きにおける財産調査の負担を大幅に軽減してくれる画期的な制度です。しかし、その限界を正しく理解し、必要に応じて追加の調査を行う専門的な視点も欠かせません。
「自分たちだけで調査するのは不安だ」「戸籍の収集から難しそう」と感じられた方は、ぜひ一度、相続の専門家である私たち「いがり円満相続相談室」にご相談ください。正確な財産調査から、その後の煩雑な相続手続きまで、皆様の精神的・時間的なご負担を少しでも軽くできるよう、全力でサポートいたします。

司法書士・行政書士・社会保険労務士いがり綜合事務所の司法書士 猪狩 佳亮(いがり よしあき)です。神奈川県川崎市で生まれ育ち、現在は遺言や相続のご相談を中心に、地域の皆さまの安心につながるお手伝いをしています。8年の会社員経験を経て司法書士となり、これまで年間100件を超える相続案件に対応。実務書の執筆や研修の講師としても活動しています。どんなご相談も丁寧に伺いますので、気軽にお声がけください。
大阪地面師事件を司法書士が解説。制度悪用の手口と信頼の行方
はじめに:同業者として、司法書士の逮捕に強い衝撃と憤りを感じています
先日、大阪で起きた地面師事件で、現職の司法書士が逮捕されたというニュースが報じられました。同じ司法書士として、この一報に触れたとき、私は言葉を失うほどの強い衝撃と、国民の信頼を根底から裏切る行為に対する深い憤りを覚えました。
私たち司法書士は、国民の大切な財産である不動産の権利を守り、安全な取引を実現するための「最後の砦」であると自負し、日々職務に励んでいます。その根幹を支えるのは、法律の知識や技術だけではありません。何よりもまず、依頼者や社会からの「信頼」です。
今回の事件は、その信頼を自ら投げ捨て、専門家としての特権を私利私欲のために悪用するという、決してあってはならない事態です。これは単なる一個人の犯罪ではなく、司法書士制度そのものの信頼を揺るがしかねない、極めて深刻な問題だと捉えています。
この記事では、単に事件の概要をなぞるだけではなく、なぜこのようなことが起きてしまったのか、司法書士の制度がどのように悪用されたのか、その手口の本質を専門家の視点から深く解説します。そして、失われた信頼を回復するために、私たち司法書士が何をすべきか、真摯に向き合いたいと思います。
大阪で起きた地面師事件の経緯と概要
まず、事件の全体像を把握するために、報道されている内容を基に経緯を整理しましょう。
舞台となったのは、大阪市北区にある土地です。地面師グループは、この土地の所有者になりすまし、所有権を不正に移転させて売却し、多額の利益を得ようと企てました。
その計画の中で、逮捕された司法書士は中心的な役割を担ったとされています。所有者になりすました人物を「本人に間違いない」と証明する虚偽の書類を作成し、法務局に所有権の移転登記を申請した疑いが持たれています。
報道では、なりすましによる虚偽の登記申請が行われた疑いがもたれているとされています。経緯などの詳細は、今後の捜査・司法手続の中で明らかになる部分もあるでしょうが、一歩間違えれば、真の所有者が知らないうちに大切な不動産を奪われるという、取り返しのつかない事態に発展しかねない事件です。
不動産の権利関係を公示し、国民の財産を守るための不動産登記制度。その専門家である司法書士が、制度を悪用して不動産を乗っ取る側に回ったという点に、この事件の異常性と深刻さがあります。
【本質解説】司法書士の特権が悪用された4つの手口
今回の事件は、単に書類を偽造したという単純な話ではありません。司法書士に与えられた公的な権限や、社会の信頼を巧みに利用した、極めて悪質な手口が用いられています。ここでは、その連鎖を4つのステップに分けて、詳しく解説していきます。

手口1:特権の濫用「職務上請求書」による住民票の不正取得
通常、地面師事件において司法書士は「騙される側」であることがほとんどです。しかし、この事件では、逮捕された司法書士自身が地面師グループの一員として、犯行の起点となる役割を担っていました。
その第一歩が「職務上請求書」の悪用です。職務上請求書とは、司法書士などの専門家が、依頼された業務を遂行するために必要な場合に限り、他人の戸籍謄本や住民票などを取得できる特別な書類です。例えば、相続手続きで亡くなった方の戸籍謄本を遡って取得する際などに正当に使用されます。
今回の事件では、この特権が不正に利用されました。司法書士は、何の依頼もないにもかかわらず、ターゲットとなった土地所有者の住民票を不正に取得。これが、すべてのなりすましの始まりとなったのです。守るべき立場にある専門家が、その特権を使って攻撃の糸口を作ったという事実は、断じて許されるものではありません。
手口2:公的機関を欺く「本物の」運転免許証の不正再交付
次に地面師グループは、不正に取得した住民票を使い、驚くべき行動に出ます。
なりすまし役の人物が、住民票とおそらく偽造したであろう通帳などを持ち、運転免許センター等の窓口で「運転免許証を紛失した」と嘘の申告をして、再交付手続きを行ったのです。
この手口の最も恐ろしい点は、出来上がったものが精巧な「偽造品」ではなく、都道府県公安委員会が交付する正真正銘の「本物」の運転免許証になってしまう点です。もちろん、顔写真はなりすまし役のものですが、記載されている氏名、住所、生年月日は真の所有者のものであり、公的な身分証明書として通用してしまうのです。
公的機関の窓口手続きの隙を突いた、巧妙かつ大胆な手口と言えるでしょう。
手口3:信頼の悪用「本物の」印鑑証明書の不正取得
「本物の」運転免許証を手に入れたグループの犯行は、さらにエスカレートします。
今度は、その免許証を身分証明書として役所の窓口に提示し、印鑑登録の変更手続きを行いました。そして、不動産取引において極めて重要な書類である「印鑑証明書」を取得するに至ります。
不動産の売買では、実印と印鑑証明書が本人の意思を証明する重要な役割を果たします。その印鑑証明書までもが、公的機関から正規に発行されてしまったのです。
これにより、地面師グループは取引の相手方を信用させるための強力な武器を手に入れました。一連の流れは、明らかに計画的に仕組まれたものだったと考えられます。
手口4:制度の根幹を揺るがす「本人確認情報」の虚偽作成
そして最後に、司法書士制度の根幹を内側から破壊する行為が行われます。
通常、不動産を売却する際には、その不動産の「権利証(登記識別情報、登記済証)」が必要です。しかし、今回は「権利証を紛失した」という筋書きでした。
このように権利証がない場合、司法書士が本人と直接面談し、運転免許証などの書類確認や、不動産の取得経緯といった本人しか知り得ない情報の聞き取りなどを通じて、「目の前の人物が真の所有者に間違いない」と判断した場合に、その責任において「本人確認情報」という報告書を作成することができます。これは、法務局が権利証の代わりとして認める、非常に重要な書類です。
今回の事件では、逮捕された司法書士がこの制度を悪用しました。なりすまし役だと知りながら、虚偽の本人確認情報を作成し、法務局に登記を申請したのです。これは、専門家の良心と重い責任によって支えられている制度そのものを、内側から破壊する許しがたい背信行為です。
なぜ不正を防げなかったのか?制度の仕組みと限界
「なぜ、こんな不正がまかり通ってしまうのか?」「制度に穴があるのではないか?」多くの方がそう思われたことでしょう。この疑問について、専門家の視点から解説します。

性善説に基づく制度:司法書士の良心という最後の砦
実は、「本人確認情報」制度には、悪用を防ぐための仕組みが備わっています。それは、他ならぬ「司法書士による厳格な本人確認」そのものです。
権利証がないという例外的な状況下で作成されるため、司法書士は普段の業務よりもはるかに厳格で、きめ細かい本人確認を行うことが義務付けられています。どのような方法で確認するか、その具体的なノウハウは、地面師グループに対策を練られる恐れがあるため、ここで詳しく明かすことはできません。その手法を秘匿すること自体が、防衛策の一つなのです。
この制度は、「司法書士は、専門家としての高い倫理観と責任感に基づき、誠実に職務を遂行する」という大前提、いわば性善説の上に成り立っています。司法書士に手続きを依頼するということは、その専門性と倫理観を信頼していただくことに他なりません。司法書士一人ひとりの良心こそが、不正を防ぐための最後の砦なのです。
事件が浮き彫りにした制度の脆弱性
しかし、今回の事件は、その最後の砦が内側から崩されたときに、制度がいかに脆弱であるかを浮き彫りにしました。
本人確認情報という制度は、法務局が司法書士という専門家を信頼し、その報告内容を尊重することで成り立っています。そのため、チェックする側の司法書士自身が悪意を持って虚偽の報告書を作成した場合、それを見抜くことは極めて困難になります。
制度が専門家の倫理観に大きく依存しているからこそ、その倫理観が失われたとき、チェック機能が麻痺してしまう。これが、今回の事件で露呈した、制度の根本的な脆弱性です。
もちろん、法務局も登記官による厳格な審査を行いますが、専門家である司法書士が「本人に間違いない」と責任を持って報告してきた書類に対し、その前提を疑うことには限界があります。制度を内側から破る行為に対して、現行の仕組みだけでは完全な防止が難しいという厳しい現実を、私たちは直視しなければなりません。
司法書士業界の信頼回復に向けて私たちがすべきこと
今回の事件は、司法書士業界全体にとって、あまりにも重い教訓となりました。失われた信頼を取り戻す道は、決して平坦ではありません。しかし、私たちはこの現実から目を背けることなく、真摯に向き合っていく必要があります。
まずは、私たち司法書士一人ひとりが、自らの職責の重さを改めて胸に刻み、高い倫理観を保持し続けることが不可欠です。個々の倫理研修の徹底はもちろんのこと、司法書士会などの組織としても、不正を許さない、そして不正の兆候を早期に発見できるような体制づくりを強化していく必要があるでしょう。
また、今回の事件を機に、制度そのもののあり方について、見直しの議論が必要になるかもしれません。専門家の良心に過度に依存するのではなく、不正をより困難にするための多角的なチェック体制の導入など、建設的な検討を進めるべきです。
私たち司法書士の使命は、国民の皆様の権利と財産を守ることです。その中には、成年後見制度などを通じて判断能力が不十分な方の財産を守るという重要な役割も含まれます。今回の事件は、ごく一部の倫理観を欠いた司法書士による例外的な事案ではありますが、業界全体として襟を正し、社会からの信頼に全力で応えていく決意です。
最後に、この記事はあくまで現在報道されている内容を前提として解説したものです。推定無罪の原則に基づき、最終的な事実関係の確定は、今後の司法の判断を待つ必要があることを申し添えます。

司法書士・行政書士・社会保険労務士いがり綜合事務所の司法書士 猪狩 佳亮(いがり よしあき)です。神奈川県川崎市で生まれ育ち、現在は遺言や相続のご相談を中心に、地域の皆さまの安心につながるお手伝いをしています。8年の会社員経験を経て司法書士となり、これまで年間100件を超える相続案件に対応。実務書の執筆や研修の講師としても活動しています。どんなご相談も丁寧に伺いますので、気軽にお声がけください。
相続登記のオンライン申請|自分でできる?できない?を解説
相続登記のオンライン申請は可能。でも大きな落とし穴が…
「相続した実家が遠方にある」「平日は仕事で法務局に行く時間がない」——。そんなお悩みから、相続登記をオンラインで済ませられないかと考えている方も多いのではないでしょうか。確かに、自宅のパソコンから申請できるオンライン申請は、一見すると非常に便利で魅力的に思えますよね。
しかし、残念ながら、一般の方がご自身で相続登記のオンライン申請を行うには、想像以上に高いハードルがいくつも存在します。「オンライン」という言葉のイメージとは裏腹に、手続きがすべてネットで完結するわけではなく、専門的な知識や特別な準備も必要になるのが現実です。
この記事では、なぜ相続登記のオンライン申請が「言うは易く行うは難し」なのか、その具体的な理由と、多くの方がつまずいてしまう「落とし穴」について、専門家の視点から詳しく解説していきます。このテーマの全体像については、不動産の名義変更(相続登記)で体系的に解説しています。
自分で相続登記をオンライン申請する際の5つの高いハードル
「オンラインなら簡単で安く済むはず」という期待は、残念ながら、手続きを進めるうちに打ち砕かれてしまうことがほとんどです。ここでは、ご自身でオンライン申請に挑戦しようとした方が直面する、代表的な5つのハードルを具体的に見ていきましょう。

【ハードル1】専用機器の準備と設定が必須
まず最初の関門が、物理的な準備です。オンライン申請には、パソコンの他に「マイナンバーカード」と、それを読み込むための「ICカードリーダライタ」が必須となります。
ICカードリーダライタは、数千円程度で購入できますが、多くの方にとっては、この相続登記のためだけに購入する機器となるでしょう。さらに、購入した機器をご自身のパソコンで使えるように、ドライバのインストールや設定を行う手間もかかります。パソコンの操作に不慣れな方にとっては、この初期設定だけでも大きなストレスになりかねません。
この機器の購入費用や設定にかかる時間を考えると、「最初から専門家に依頼した方が結果的にコストパフォーマンスが良かった」と感じる方も少なくないのです。
【ハードル2】難関の「電子署名」と専用ソフトの操作
オンライン申請の最大の関門といえるのが「電子署名」です。申請データが間違いなく本人によって作成されたことを証明するために、マイナンバーカードを使ってデータに電子的な署名を行う必要があります。
この電子署名を行うには、法務局が提供する「登記・供託オンライン申請システム」の専用ソフト(申請用総合ソフト)をパソコンにインストールし、操作しなければなりません。このソフトは、お世辞にも直感的で分かりやすいとは言えず、ITに不慣れな方にとっては、どこに何を入力し、どのボタンを押せばよいのか、マニュアルを片手に悪戦苦闘することになるでしょう。
私たち司法書士は、業務用の電子証明書を使い、日常的にこのシステムで電子署名を行っています。しかし、一般の方が初めてこの複雑な操作を行うには、多くの時間と学習コストがかかることを覚悟しなければなりません。
参照:登記・供託オンライン申請システム 登記ねっと 供託ねっと
【ハードル3】結局、すべての手続きはオンラインで完結しない
多くの方が誤解されている点ですが、相続登記のオンライン申請は、すべての手続きがインターネット上だけで完結するわけではありません。
申請情報や一部の添付書類データはオンラインで送信できますが、遺産分割協議書や印鑑証明書、亡くなった方の出生から死亡までの一連の戸籍謄本といった、相続登記に不可欠な公的書類の原本は、別途、法務局へ郵送または持参して提出する必要があります。しかも、オンライン申請で添付書面を郵送(又は持参)する場合、不動産登記については「申請日を除く2日以内に登記所に到達」させる必要があります。
結局のところ、法務局との物理的な書類のやり取りは避けられないのです。この事実を知ると、「オンライン申請のメリットは限定的だった」と感じる方がほとんどです。
【ハードル4】そもそもオンライン申請できない不動産がある
これは専門家でなければ気づきにくい、非常に重要なポイントです。実は、不動産によっては物理的にオンライン申請ができないケースが存在します。
それは「改製不適合物件」と呼ばれる、登記簿がコンピュータ化される以前の古い不動産です。いわゆる「和紙の登記簿」で管理されているような物件(改製不適合物件など)の場合、オンライン申請に対応していないことがあり、書面での申請が必要となるケースがあります。
ご自身の不動産がこれに該当するかどうかを事前に調査するのは、一般の方には非常に困難です。もし知らずにオンライン申請の準備を進めてしまい、後から発覚した場合、それまで費やした時間と労力がすべて無駄になってしまうリスクがあります。

【ハードル5】不備があれば法務局へ出頭も。時間と労力が水の泡に
ご自身で申請した場合、最も起こりがちなのが申請内容の不備、いわゆる「補正」です。登記申請は非常に厳格な手続きであり、申請情報や添付書類にわずかなミスや記載漏れがあっただけでも、法務局から補正の指示が入ります。
この補正の対応がまた厄介で、電話やオンラインで済むこともあれば、内容によっては「平日の日中に法務局へ来て説明してください」と、出頭を求められるケースも少なくありません。多忙な中で相続登記にかかる期間がさらに延びてしまいます。
「時間を節約したかったからオンライン申請を選んだのに、かえって手間と時間がかかってしまった…」という事態になりかねません。最悪の場合、申請そのものが却下されてしまう可能性もあり、慣れない手続きによる失敗は高くつくのです。
【実例】オンライン申請に挫折…司法書士への依頼で解決したケース
先日、当事務所にご相談に来られたあるご長男のケースは、まさにオンライン申請の難しさを象徴するものでした。
お母様から相続した不動産の名義変更のため、ご自身で手続きを進めようと決意されたそうです。お仕事が忙しく、平日に休みを取って法務局へ行くのが難しかったため、「オンライン申請なら自宅でできる」と考えたのがきっかけでした。
法務局のウェブサイトを読み込み、なんとか申請書の入力まではたどり着いたものの、そこから先で完全に手が止まってしまったといいます。
- 「集めた戸籍謄本は、PDFにして添付すればいいのだろうか?」
- 「そもそも、どの書類が原本提出で、どれがデータでいいのか分からない…」
- 「電子署名が必要らしいけど、具体的にどう操作すればいいんだ?」
困り果ててコールセンターに電話をかけても、なかなかつながらない。ようやくつながっても、専門用語が飛び交う電話口での説明だけでは、状況は一向に改善しませんでした。
「これ以上は自分では無理だ」と判断され、当事務所の扉を叩いてくださったのです。
幸い、遺産分割協議書や戸籍謄本などの必要書類はきちんと揃えられていたため、私たちがオンライン申請を引き継ぎ、手続きはスピーディーに完了しました。このケースでの当事務所への報酬は5万円程度(登録免許税などの実費は別途)。
手続き完了後、お客様からいただいた「最初からお願いすればよかった…」という一言が、すべてを物語っていました。
司法書士に依頼すればオンライン申請はスムーズに進めやすい
これまで見てきた数々の高いハードルも、相続登記の専門家である司法書士にご依頼いただければ、すべてスムーズにクリアすることが可能です。なぜなら、司法書士にはオンライン申請を迅速かつ正確に行うための専門的な環境と知識が備わっているからです。
司法書士は専用の電子証明書でスピーディーに対応
私たち司法書士は、日常の登記業務で使用する「専用の電子証明書」を保有しています。これは、いわば登記申請のプロフェッショナルであることを証明する電子的な身分証明書のようなものです。もちろん、法務局のオンラインシステムにも精通しています。
そのため、一般の方が直面するようなICカードリーダライタの準備や専用ソフトの複雑な操作といったハードルは一切ありません。お客様にしていただくことは、必要書類への署名・押印に加え、状況に応じた事実関係の確認や追加資料のご準備などです。申請手続は私たちが対応し、できる限り迅速に進めます。

全国どこでも対応可能。遠方の不動産もお任せください
オンライン申請の最大のメリットは、場所を選ばずに申請できる点です。これは、司法書士に依頼する場合にこそ、その真価を発揮します。
例えば、ご自身は川崎にお住まいで、相続したご実家が北海道にある、といったケースでも全く問題ありません。オンライン申請に対応している司法書士であれば、日本全国どこの法務局に対しても申請が可能です。お客様が遠方の不動産のためにわざわざ現地へ出向いたり、現地の司法書士を探したりする必要はなく、お近くの事務所で相談するだけで、すべての手続きを完結させることができます。
費用はどれくらい?自分でやる場合との比較
「でも、専門家に頼むと費用が高いのでは?」とご心配されるかもしれません。確かに、司法書士に依頼すれば報酬が発生します。相続登記の司法書士報酬は、事務所や事案の難易度(不動産の数、戸籍収集の範囲、遺産分割の内容など)によって幅があります。
しかし、ご自身で挑戦する場合の「隠れたコスト」も考えてみてください。
- ICカードリーダライタの購入費用(数千円)
- 複雑な手続きを調べるための膨大な時間と労力
- 慣れない作業による精神的なストレス
- 申請に不備があった場合の追加的な手間や交通費
- 最悪の場合、申請が却下され、すべてが水の泡になるリスク
これらの目に見えないコストを総合的に考えると、最初から専門家に任せてしまう方が、時間的にも精神的にも、そして結果的には金銭的にも合理的であるケースは非常に多いのです。具体的な相続登記の費用については、事例を交えて解説していますので、ぜひご覧ください。
まとめ|相続登記のオンライン申請は専門家にご相談を
相続登記のオンライン申請は、制度としては存在しますが、一般の方がご自身でスムーズに完了させるには、あまりにも多くのハードルが待ち構えています。時間と労力を節約するつもりが、かえって大きな負担になってしまう可能性が高いのが実情です。
煩雑でミスの許されない相続手続きは、その道のプロである司法書士に任せるのが、結果として最も安心で、最も効率的な選択肢と言えるでしょう。司法書士に依頼するメリットは、単に手続きを代行するだけではありません。お客様の大切な時間と心の平穏を守ることにも繋がります。
当事務所では、相続に関する豊富な経験とオンライン申請の実績を活かし、お客様一人ひとりの状況に合わせた最適なサポートをご提供しています。「自分でやるのは難しそうだ」「まずは話だけでも聞いてみたい」と感じられた方は、どうぞお気軽に当事務所の無料相談をご利用ください。あなたのお悩みを解決する第一歩を、私たちが全力でお手伝いします。
まずはお気軽にお問い合わせください。

司法書士・行政書士・社会保険労務士いがり綜合事務所の司法書士 猪狩 佳亮(いがり よしあき)です。神奈川県川崎市で生まれ育ち、現在は遺言や相続のご相談を中心に、地域の皆さまの安心につながるお手伝いをしています。8年の会社員経験を経て司法書士となり、これまで年間100件を超える相続案件に対応。実務書の執筆や研修の講師としても活動しています。どんなご相談も丁寧に伺いますので、気軽にお声がけください。
遺言の付言事項とは?相続トラブルを防ぐ想いの伝え方【事例付】
遺言の付言事項とは?法的効力はないが最も重要な「最後の言葉」
遺言書と聞くと、財産の分け方など、法律に定められた事柄を書き記すもの、というイメージが強いかもしれません。もちろん、誰にどの財産を相続させるかを決める「法定遺言事項」は遺言書の核となる部分です。しかし、それだけでは、あなたの本当の想いは家族に届かないかもしれません。
そこで重要になるのが「付言事項(ふげんじこう)」です。付言事項とは、法定遺言事項以外の、家族へのメッセージや感謝の気持ち、財産分けの理由などを自由に書き記す部分を指します。
大切なことなので先にお伝えしますが、付言事項は、原則として法的な強制力(法的拘束力)はありません。例えば「兄弟仲良くするように」と書いても、それを法的に強制することはできないのです。しかし、私たち専門家は、この法的効力のない付言事項は、円満な相続を実現する上で重要な要素の一つだと考えています。なぜなら、法律だけでは解決できない「家族の感情」に直接働きかけることができる、唯一の手段だからです。
この記事では、なぜ法的効力のない「最後の言葉」が相続トラブルを防ぐ切り札になるのか、具体的な事例を交えながら、その書き方のコツを詳しく解説していきます。
法的効力はないが「事実上の効力」を持つ理由
「法的効力がないなら、書いても意味がないのでは?」と思われるかもしれません。しかし、それは違います。付言事項には、法律の条文を超えた「事実上の効力」ともいえる、3つの大きな力があるのです。
- 遺産分割の理由を伝え、相続人を納得させる力
なぜこのような財産の分け方にしたのか。その理由がわからなければ、相続人は不信感や不公平感を抱きがちです。付言事項でその背景を丁寧に説明することで、相続人は遺言者の真意を理解し、納得しやすくなります。 - 相続人間の感情的な対立を和らげる力
相続トラブルの根源は、財産の金額よりも「親は自分のことをどう思っていたのか」という感情的なしこりであることが少なくありません。感謝の言葉や愛情のこもったメッセージは、相続人の心を和ませ、無用な対立を避ける潤滑油の役割を果たします。 - 遺留分など権利行使をためらわせる心理的効果
たとえ法律上の権利(遺留分など)があったとしても、親からの心のこもった「最後の願い」を前にすると、権利の主張をためらう方は少なくありません。付言事項は、相続人の心に直接訴えかけ、権利行使を思いとどまらせる心理的な効果が期待できます。
多くの相続案件を見てきた中で、この付言事項の一文が、法的な主張を上回るケースを何度も目の当たりにしてきました。相続は単なる財産の移転ではなく、家族の感情が交錯する人間ドラマなのです。そのドラマを円満な結末に導くために、付言事項は欠かせない要素といえるでしょう。遺言書がない場合、相続人全員での遺産分割協議が必要になりますが、その話し合いがまとまらないケースも少なくありません。
付言事項が「争族」を防ぐ最後のひと押しになる
相続が「争族」になってしまう原因の多くは、お金の問題だけではありません。「なぜ自分だけ少ないのか」「兄(姉)ばかり優遇されていた」といった、長年にわたる感情的な不満が、相続をきっかけに爆発するのです。
遺言書で財産の分け方を指定しても、その理由がわからなければ、かえって火に油を注ぐことになりかねません。
そこで、付言事項が「最後のひと押し」として機能します。あなたがどのような想いで財産を築き、どのような想いで家族の将来を案じ、そして、なぜその財産配分にしたのか。その真心を伝えることで、相続人は「親は自分のことをきちんと考えてくれていたんだ」と感じることができます。この納得感こそが、相続トラブルを防ぐ最大の防御策なのです。付言事項は、単なる手紙ではなく、家族の絆を守るための、実務的で非常に強力なツールであるとご理解ください。

【事例で学ぶ】相続人が納得した付言事項の書き方
理論だけでは、付言事項の本当の力は伝わりにくいかもしれません。ここでは、私が実際に経験した事例をもとに、付言事項がどのように機能し、相続人の心を動かしたのかをご紹介します。
不公平な相続割合でも長男が納得した「母の想い」
先日、あるお母様が亡くなり、遺言書の執行をお手伝いさせていただきました。相続人は、長男と長女のお二人。遺言書に書かれていた金融資産の相続割合は、「長女に8割、長男に2割」という、一見すると不公平な内容でした。
案の定、遺言書の内容を知った長男は、当初ご不満な様子でした。遺留分を主張することもできたはずです。しかし、彼が最終的にその内容を受け入れたのは、遺言書の最後に添えられていた、次のような付言事項があったからでした。
付言事項の要旨
「長男には、大学卒業までの学費を援助し、結婚式の費用も出してあげることができました。今では素敵な家庭を築き、毎年旅行に出かけるなど、充実した人生を送ってくれていることを、母としてとても嬉しく思っています。
一方で、長女は高校を卒業してからずっと家計を助けてくれました。結婚式も挙げられず、今は一人で子どもを育てながら、必死に頑張っています。あの子がこの先、お金に困らず生きていけるか、心配でなりません。
こうした事情から、このような財産の分け方をすることにしました。どうか私の気持ちを理解してください。二人とも、私にとってかけがえのない、可愛い子どもであることに変わりはありません。これからもどうか、仲良くしてください。」
このメッセージを読み、長男は(おそらく、しぶしぶではあったかもしれませんが)お母様の遺志に納得されたのです。
後日、長女の方からお話を伺うと、実はお母様は生前、「長男の家族がほとんど会いに来てくれない」と寂しさをこぼしていたそうです。もしかしたら、その不満が相続割合に反映されたのかもしれません。しかし、お母様は遺言書にそのネガティブな感情を一切記しませんでした。代わりに、それぞれの人生を思いやり、なぜ差をつけたのかというポジティブな理由を明確に示したのです。
もしここに長男への不満が書かれていたら、彼は感情的になり、遺留分の主張どころか、姉弟の関係に修復不可能な亀裂が入っていたかもしれません。この事例は、付言事項の言葉選びがいかに重要か、そしてそれが持つ力の大きさを物語っています。
遺留分侵害額請求を抑えるために検討したい付言事項の工夫
特定の相続人に多くの財産を遺したい場合、多くの方が心配されるのが「遺留分」の問題です。遺留分とは、兄弟姉妹以外の法定相続人に保障された、最低限の遺産の取り分のこと。たとえ遺言書で「全財産を長男に」と書いても、他の相続人(例えば長女)は、遺留分に相当する金銭を請求する権利(遺留分侵害額請求)を持っています。
ここで大前提としてご理解いただきたいのは、付言事項によって、この遺留分侵害額請求という法的な権利をなくすことはできない、ということです。しかし、権利を行使するかどうかを決めるのは、相続人自身の「心」です。付言事項は、その心に働きかけ、請求を「思いとどまらせる」ための非常に有効なアプローチとなり得ます。
なぜ「お願い」が法的な権利行使を上回るのか
なぜ、法的に保証された強い権利に対して、付言事項という「お願い」が効果を発揮することがあるのでしょうか。それは、人が必ずしも法律や論理だけで動くわけではないからです。

特に親子という深い関係性においては、「親の最後の願い」は非常に重い意味を持ちます。たとえ自分に権利があると頭では分かっていても、「お父さん(お母さん)が、僕たちの将来を案じて、悩み抜いて決めたことなんだ」という想いが伝われば、「その遺志に反してまで権利を主張するのは忍びない」という気持ちが芽生えるのは、ごく自然なことです。
相続が裁判にまで発展するのは、多くの場合、法的な対立の前に感情的な対立があります。付言事項は、その感情の対立が生まれるのを未然に防ぎ、法廷闘争という最悪の事態を回避するための、いわば「お守り」のような役割を果たすのです。相続財産を社会に役立てたいと考える遺贈寄付を検討する場合も、他の相続人の遺留分に配慮し、付言事項でその想いを伝えることがトラブル防止につながります。
心を動かす文例:3つの要素で納得感を醸成する
では、具体的にどのように書けば、遺留分侵害額請求を思いとどまらせるような、心のこもったメッセージになるのでしょうか。ポイントは、以下の3つの要素を盛り込むことです。
- すべての相続人への感謝の表明
まず大切なのは、財産を多く渡す相続人だけでなく、少なくなる相続人に対しても、これまでの感謝や愛情を具体的に伝えることです。「〇〇(遺留分を侵害される相続人)がいてくれたから、お父さんは幸せな人生を送ることができた。本当にありがとう」といった言葉は、相手の心を開く第一歩になります。 - 財産配分の明確な理由
なぜ、このような分け方にしたのか、その理由を正直に、かつ丁寧に説明します。例えば、「長男には事業の継続のため会社の株式をすべて相続させますが、これは従業員の生活を守るためでもあります」「介護で世話になった長女に多く残すのは、私の感謝の気持ちです」など、具体的で誰もが納得できる理由を示すことが重要です。 - 他の相続人への配慮と将来への願い
財産を多く受け取る相続人に対して、「他の兄弟のことも気にかけ、何か困ったときには助けてあげてほしい」といった一文を加え、遺産が少なくなる相続人への配慮を示します。そして最後に、「これからも兄弟仲良く、助け合って生きていってほしい。それが私の最後の願いです」と締めくくることで、遺言書全体が家族の絆を守るためのメッセージとなります。
一方的に理由を押し付けるのではなく、すべての子供を平等に愛しているという姿勢を貫くこと。それが、相続人全員の納得感を得るための鍵となります。
逆効果に?付言事項で絶対に書いてはいけないこと
良かれと思って書いた付言事項が、かえって家族の間に溝を作り、トラブルを深刻化させてしまうケースもあります。ここでは、専門家の立場から、絶対に避けるべきNGな書き方について解説します。
特定の相続人への非難や不満
最も避けるべきは、特定の相続人やその家族に対するネガティブな感情を書き残すことです。
【NG文例】
- 「長男の嫁は、私の気に入らないことばかりしていた」
- 「次男は生前、全く顔を見せに来なかったから、財産は渡さない」
- 「長女は昔から言うことを聞かず、親不孝者だった」
このような一方的な非難は、残された相続人たちの対立感情を激しく煽ります。それだけでなく、「こんなひどいことを父(母)が言うはずがない。誰か(他の相続人)に無理やり書かされたに違いない」と、遺言書そのものの有効性を争う絶好の口実を与えてしまいかねません。「死人に口なし」の状況で、誰かを傷つける言葉を残すことは、百害あって一利なしです。
曖昧な表現や遺言本文と矛盾する内容
相続人を混乱させ、新たな争いの火種となるのが、曖昧な表現や遺言本文との矛盾です。
【NG文例】
- 「財産は、みんなで仲良く、よしなに分けてください」(曖昧な表現)
- 「長男にはできるだけ多く財産をあげてほしい」(曖昧な表現)
- (本文)「A不動産は長男に相続させる」
(付言事項)「A不動産は、本当は次男に使ってほしかった」(本文との矛盾)
このような記述は、あなたの真意を伝えるどころか、相続人を困惑させるだけです。「よしなに」と言われても基準が分からず、結局争いになります。「本当は次男に」と書かれていれば、長男は罪悪感を抱き、次男は不満を募らせるでしょう。付言事項は、あくまで遺言本文の意図を補強し、明確にするためのものです。本文と矛盾する内容や、解釈の余地がある曖昧な表現は絶対に避けましょう。

まとめ:想いを託す遺言書作成は専門家にご相談ください
この記事では、遺言の付言事項が持つ、法的効力を超えた重要な役割について解説してきました。
付言事項は、法律では縛れない「人の心」に働きかけ、家族間の感情的なトラブルを防ぐための、いわば最後の切り札です。財産分けの理由を伝え、すべての家族への感謝と愛情を記すことで、相続は単なる財産の移転ではなく、あなたの想いを次世代へつなぐ大切な儀式となります。
しかし、想いを正確に、かつ法的に有効な形で遺言書に落とし込むには、法律と感情の両面から緻密に内容を設計する必要があります。特に、付言事項の言葉選び一つで、結果が大きく変わってしまうことも少なくありません。ご自身のケースに合わせた遺言書の作成費用はかかるかもしれませんが、それ以上に円満な相続を実現する価値は大きいはずです。
あなたの最後の言葉が、家族の未来を照らす光となるように。遺言書の作成でお悩みの方は、ぜひ一度、相続実務の経験が豊富な私たち専門家にご相談ください。あなたの想いに寄り添い、最適な形で遺言書を作成するお手伝いをさせていただきます。

司法書士・行政書士・社会保険労務士いがり綜合事務所の司法書士 猪狩 佳亮(いがり よしあき)です。神奈川県川崎市で生まれ育ち、現在は遺言や相続のご相談を中心に、地域の皆さまの安心につながるお手伝いをしています。8年の会社員経験を経て司法書士となり、これまで年間100件を超える相続案件に対応。実務書の執筆や研修の講師としても活動しています。どんなご相談も丁寧に伺いますので、気軽にお声がけください。
相続人が認知症の場合どうする?遺産分割の正しい進め方
相続人に認知症の方がいても、諦めないでください
ご家族が亡くなり、悲しみに暮れる間もなく始まる相続手続き。ただでさえ複雑で大変なのに、もし相続人の中に認知症の方がいらっしゃったら…。「遺産分割協議が進められないのではないか」「手続きが完全に止まってしまうのではないか」と、途方に暮れてしまうお気持ちは、痛いほどよく分かります。
しかし、どうか諦めないでください。相続人に認知症の方がいるからといって、相続手続きが不可能になるわけでは決してありません。正しい手順を一つひとつ踏んでいけば、状況に応じた解決策が見えてくる可能性があります。
この記事では、相続案件に日々携わる司法書士として、認知症の相続人がいる場合の具体的な手続きの進め方、注意すべきポイント、そして将来に備えるための対策まで、分かりやすく解説していきます。この記事を読み終える頃には、今抱えている不安が整理され、具体的な「次の一歩」を考える手がかりになるはずです。私たちが最後までしっかりとご案内しますので、どうぞご安心ください。
まず確認すべき3つのステップ|現状を正しく把握しよう
相続問題で混乱している時こそ、冷静に現状を整理することが大切です。まずは、以下の3つのステップに沿って、ご自身の状況を客観的に把握することから始めましょう。焦って自己判断するのではなく、一つずつ確認していくことが、円満解決への一番の近道です。

ステップ1:誰が相続人で、何が遺産かを正確に把握する
相続手続きの全ての土台となるのが、「相続人の確定」と「相続財産の調査」です。亡くなられた方(被相続人)の出生から死亡までの戸籍謄本を収集し、法的に誰が相続人になるのかを確定させます。同時に、預貯金、不動産、有価証券など、どのような遺産がどれくらいあるのかを調査し、財産目録を作成しましょう。これらの情報がなければ、そもそも遺産分割の話し合いを始めることすらできません。基本的な作業ですが、最も重要な第一歩です。
ステップ2:認知症の相続人の「意思能力」の程度を確認する
ここが最も重要なポイントです。多くの方が「認知症と診断されたら、もう何も判断できない」と思いがちですが、それは必ずしも正しくありません。
法律の世界で問われるのは、病名ではなく「意思能力」、つまり「遺産分割の内容を正しく理解し、その結果どうなるかを判断できる能力」があるかどうかです。
例えば、症状が比較的軽く、ご自身の財産や相続についてきちんと理解し、自分の意思を伝えられる状態であれば、遺産分割協議に参加できる可能性があります。もちろん、後から「あの時の合意は無効だ」と争いにならないよう、慎重な判断が必要です。
そこで客観的な証拠として重要になるのが「医師の診断書」です。かかりつけ医に相談し、遺産分割協議を行うにあたっての判断能力について診断書を作成してもらいましょう。その際、単なる病状の診断書ではなく、成年後見制度の申立てで使われるような、具体的な判断能力に関する書式でお願いすると、より法的な判断の助けになります。
ステップ3:遺言書の有無を確認する
もし亡くなられた方が遺言書を残していれば、その内容に従って手続きが進められることが多く、遺産分割協議を行わずに済む場合があります。
公正証書遺言であれば、お近くの公証役場で「遺言検索」により遺言の有無や保管公証役場を確認できる場合があります。自筆証書遺言について法務局の保管制度を利用している場合は、相続人等が法務局(遺言書保管所)で閲覧や遺言書情報証明書の交付請求等により内容を確認できます。遺言書が見つかれば、手続きは大きく変わってきます。
【意思能力なしの場合】成年後見制度を利用した遺産分割
医師の診断の結果、残念ながらご本人に遺産分割協議を行うための意思能力がないと判断された場合。その具体的な解決策が「成年後見制度」の利用です。これは、判断能力が不十分な方の財産や権利を守るために、家庭裁判所が援助者(成年後見人)を選任する公的な制度です。
手続きは、ご本人の住所地を管轄する家庭裁判所に申立てを行うことから始まります。必要な書類を準備し、申立てが受理されると、家庭裁判所による調査や審理を経て、成年後見人が選任されます。選任までに要する期間は、事案や鑑定の有無等によって異なり、数か月かかることもあります。
より詳しい手続きについては、成年後見をご検討中の方へのページで解説しています。

成年後見人が本人の代理人として協議に参加する
成年後見人が選任されると、その人がご本人に代わって遺産分割協議に参加する法的な権限を持ちます。後見人には、親族のほか、私たち司法書士などの専門家が選ばれることもあります。
ここで非常に重要なのは、後見人はあくまで「ご本人の利益のため」に行動するため、他の相続人の都合だけで、ご本人に不利益となる内容に安易に同意することはありません。後見人は、ご本人の財産を守るという強い使命と責任を負っているのです。
原則「法定相続分」の確保が必須になる理由
「なぜ、他の相続人が納得していても、柔軟な分割ができないの?」と疑問に思われるかもしれません。その答えは、成年後見人が家庭裁判所の監督下にあるからです。
家庭裁判所は、後見人がご本人の財産を不当に減らすことがないよう、厳しくチェックしています。そのため、遺産分割協議では、ご本人の利益を守る観点から「法定相続分」を基準に検討されることが多くなります。例えば、「長男が家を継ぐから、認知症の母の相続分は少なめで」といった、ご家族間の慣習や暗黙の了解は通用しません。
これは、ご本人の将来の生活や介護費用などを守るための非常に重要なルールです。この点を理解しておかないと、「後見人がつけば、あとはスムーズに進むだろう」という期待が裏切られることになりかねません。
【注意点】後見人との関係は基本的に生涯続く
成年後見制度を利用する上で、最も理解しておくべき注意点があります。それは、この制度は遺産分割のためだけの一時的なものではなく、本人の死亡により後見手続が終了するまで、継続して利用されます。ということです。
後見人は遺産分割協議が終わった後も、ご本人の財産管理(預貯金の入出金、不動産の管理、施設の支払いなど)や身上監護(介護サービスの契約など)を継続して行います。専門家が後見人に選任された場合は、継続的に報酬が発生することも忘れてはなりません。遺産分割という目の前の問題を解決するために安易に制度を利用すると、将来的にご家族にとって大きな負担となる可能性もあるのです。利用を検討する際は、こうした長期的な視点を持つことが不可欠です。
【解決事例】認知症の相続人がいても円満に解決できたケース
理論だけでなく、実際の現場でどのように問題が解決されるのか、私が経験した事例をご紹介します。
ご相談に来られたのは、80代で亡くなられた生涯独身の男性の甥にあたる方でした。相続人は、亡くなった方の兄弟姉妹と、すでに他界した兄弟姉妹の子ども(甥姪)たち。早速、戸籍をたどって相続人調査を進め、皆様にご連絡を取ったところ、二つの課題が浮かび上がりました。
一人は、認知症の初期症状が疑われるご高齢のお姉様。もう一人は、すでに弁護士が成年後見人についている弟様でした。
後見人がついている弟様については、話は比較的スムーズでした。後見人の弁護士からは「ご本人の法定相続分を確保していただけるのであれば、遺産分割協議に同意します」と明確な回答を得られました。
問題はお姉様です。もし意思能力がないと判断されれば、お姉様のためにも成年後見制度の申立てが必要になり、時間も費用もかかってしまいます。私はまず、ご本人と直接お会いし、じっくりお話を伺うことにしました。
お話ししてみると、「弟が亡くなり、その遺産を法律で決まった割合で分けること」「ご自身の相続分が具体的にいくらになるのか」といった計算など、遺産分割の核心部分について、十分にご理解いただけている様子でした。念のため、かかりつけ医に診断書をお願いしたところ、私の所感と同様に「遺産分割協議を行う判断能力は認められる」との見解をいただくことができました。
この客観的な証拠を得たことで、他の相続人の皆様も安心して協議に臨むことができ、最終的に全員が法定相続分で分割することに納得。無事に遺産分割協議を成立させることができたのです。
この事例は、「認知症=後見制度」と短絡的に考えるのではなく、ご本人の状態を丁寧に見極め、適切な手順を踏むことの重要性を示しています。
手続きが進まずお困りの方へ|専門家ができること
相続人に認知症の方がいるケースは、法的な判断が難しく、ご家族だけで進めるには多くの困難が伴います。もし、あなたが今、手続きの進め方に迷い、精神的なストレスを感じているのであれば、ぜひ一度、私たち司法書士のような専門家にご相談ください。

私たち専門家は、まず皆様のお話をじっくりお伺いし、現状を正確に分析します。その上で、意思能力の判断に関する法的な整理、必要に応じた成年後見申立てのサポート、遺産分割協議書の作成(※紛争性のある交渉や代理が必要な場合は弁護士等と連携)まで、手続全体を見通した支援が可能です。
特に、相続人間の調整が難しい場合でも、第三者である専門家が間に入ることで、感情的な対立を避け、冷静な話し合いができるケースは少なくありません。煩雑な手続きの負担を軽減し、円満な解決を目指すお手伝いをすることが、私たちの役割です。
ご自身で相続登記を司法書士に依頼するメリットは、単に手間が省けるだけではないのです。
どうすれば良いか分からずお困りの方は、まずは無料相談でお話をお聞かせください。
将来に備えるための生前対策という選択肢
ここまで、相続が発生した後の対処法について解説してきましたが、最も望ましいのは、そもそもこうした問題が起きないように「事前に備えておく」ことです。ご家族の誰かが将来認知症になる可能性を考え、元気なうちから対策を講じておくことは、家族全員の安心につながります。
このテーマの全体像については、生前対策は何から始める?専門家が教える全体像と手順で体系的に解説しています。
遺言書:円満な財産承継の道しるべ
最も基本的で効果的な生前対策が、遺言書の作成です。遺言書があれば、相続発生後に本人の意思能力が問われることはなく、遺産分割協議を経ずに、遺言の内容通りに財産を承継させることができます。
例えば、「認知症の妻の将来の生活費として、預貯金を多めに残す」といった、ご家族の実情に合わせた柔軟な財産配分を指定することも可能です。遺言書作成には多くのメリットがあり、特に法的な不備がなく、紛失や改ざんの心配もない「公正証書遺言」を作成しておくことを強くお勧めします。
任意後見契約:元気なうちに信頼できる人へ託す
もう一つの有効な手段が「任意後見契約」です。これは、ご自身が元気なうちに、将来判断能力が低下した場合に備えて、財産管理などを任せる人(任意後見人)と、その内容をあらかじめ契約によって決めておく制度です。
法定後見制度が、判断能力が低下した「後」に家庭裁判所が後見人を選ぶのに対し、任意後見はご自身の意思で「前」もって信頼できる家族などを後見人に指定できるのが大きな違いです。判断能力の低下による財産凍結のリスクを避け、ご自身の望む形での財産管理を実現するための、非常に有効な備えと言えるでしょう。不動産経営をされている方などは、家族信託と合わせて検討することも有効です。
まとめ:一人で抱え込まず、まずは専門家にご相談を
相続人に認知症の方がいる場合の遺産分割は、法律的な知識と慎重な判断が求められる、非常にデリケートな問題です。ここまで解説してきたように、まずは現状を正確に把握し、意思能力の程度を見極めることが重要になります。
その上で、意思能力が認められる場合は慎重に協議を進め、難しい場合は成年後見制度の利用を検討することになります。しかし、これらの判断をご家族だけで行うことには、大きなリスクが伴います。
一人で、あるいはご家族だけで抱え込んで悩むのは、もう終わりにしませんか。私たち専門家にご相談いただくことが、ご本人にとっても、他のご家族にとっても、最終的に最善の解決策を見つけるための第一歩です。どうぞお気軽にお声がけください。

司法書士・行政書士・社会保険労務士いがり綜合事務所の司法書士 猪狩 佳亮(いがり よしあき)です。神奈川県川崎市で生まれ育ち、現在は遺言や相続のご相談を中心に、地域の皆さまの安心につながるお手伝いをしています。8年の会社員経験を経て司法書士となり、これまで年間100件を超える相続案件に対応。実務書の執筆や研修の講師としても活動しています。どんなご相談も丁寧に伺いますので、気軽にお声がけください。
相続に必要な「出生から死亡までの戸籍」とは?集め方を解説
「出生から死亡までの戸籍」なぜ相続で必要?
ご家族が亡くなり、銀行や法務局で相続手続きを始めようとすると、必ずと言っていいほど「亡くなった方の出生から死亡までの戸籍をすべて揃えてください」と求められます。多くの方が、この聞き慣れない書類集めでつまずき、大きな不安を感じてしまうのではないでしょうか。
なぜ、亡くなった事実を証明するだけでなく、「出生」まで遡る必要があるのでしょう。それは、「誰が法律上の相続人なのか」を戸籍上確認するためです。この作業を怠ると、後から知らなかった相続人が現れて、せっかくまとまった遺産分割協議がすべて無効になってしまう、といった深刻なトラブルに発展しかねません。
「出生から死亡までの戸籍」を集めることは、単なる役所手続きではありません。それは、ご家族が円満に相続を終えるための、最も重要で基礎となる調査なのです。このテーマの全体像については、「法定相続人の基本」で体系的に解説しています。
「除籍謄本だけ」では不十分な理由【プロの視点】
相続の無料相談にいらした方に「お手元に戸籍があればお持ちください」とご案内すると、半分近くの方が、亡くなった日と出生日が書かれた最新のコンピューター戸籍(除籍謄本)だけをお持ちになります。「これ一枚で十分では?」という疑問は、初めて相続を経験される方にとって、ごく自然なことだと思います。
しかし、私たちが「実は、昔の縦書きの戸籍もすべて必要になるんですよ」とお伝えすると、多くの方が驚かれます。改製前の戸籍を確認できていないことが、相続人調査で見落としが生じやすい原因になります。

なぜ最新の戸籍だけでは足りないのでしょうか。理由は、戸籍が法律の改正やコンピュータ化によって作り替えられる(これを「改製」といいます)際に、その時点で結婚や死亡によってすでに戸籍から抜けている人の情報は、新しい戸籍には書き写されないルールになっているからです。
つまり、最新の戸籍だけを見て「子どもは一人しかいない」と判断しても、改製前の古い戸籍を遡って調べてみると、実は前妻との間にお子さんがいた、というケースも決して珍しくありません。もし、昔の戸籍の記載に誤りが見つかった場合は、戸籍訂正の手続きが必要になることもあります。すべての戸籍を辿ることで、初めて相続人全員を確定できるのです。
戸籍集めの基本フローと3つの戸籍
では、具体的にどうやって戸籍を集めていけばよいのでしょうか。ゴールまでの道のりは、大きく分けて2つのステップです。
- 【現在から】亡くなった時点の最後の戸籍(除籍謄本)を取得する
- 【過去へ】その戸籍を読み解き、一つ前の本籍地をたどって出生まで遡る
戸籍を収集する過程では、主に3種類の戸籍を確認することになります。それぞれの役割を理解しておくと、手続きがスムーズに進みますよ。
| 種類 | 主な役割 | 特徴 |
|---|---|---|
| 戸籍謄本(現在戸籍) | 現在の家族構成を証明する | コンピュータ化された横書きが主流。現在の配偶者や未婚の子などが記載されている。 |
| 改製原戸籍謄本 | 法改正前の古い情報を証明する | 手書き・縦書きが多い。改製で現在の戸籍には載らなくなった情報(前妻の子など)が残っている相続人調査で重要な資料。 |
| 除籍謄本 | 戸籍に誰もいなくなったことを証明する | 死亡や結婚で全員が戸籍から抜けると閉鎖される。戸籍を過去へ遡る際の重要な手がかりになる。 |
これらの戸籍は、相続登記などの手続きで必要書類となります。
ステップ1:まず「死亡時の戸籍(除籍謄本)」を取得する
すべての始まりは、亡くなった方の「最後の本籍地」の役所で、死亡の事実が記載された戸籍(多くは除籍謄本)を取得することからです。
もし最後の本籍地が分からない場合は、最後の住所地の役所で「住民票の除票(じょひょう)」を取得してください。請求時に本籍地の記載を希望すれば、本籍地を確認できる場合があります。この最初の戸籍を手に入れることで、いよいよ過去の戸籍を順に確認する作業を始めます。
ステップ2:戸籍を遡り「改製原戸籍」などを集める
ステップ1で取得した戸籍をよく見てみましょう。「(前の本籍地)から転籍」や「(戸主名)の戸籍から入籍」といった記載が見つかるはずです。これにより、一つ前の戸籍がどの本籍地にあるかを確認できます。

その記載をもとに、一つ前の本籍地の役所へ戸籍を請求し、さらにその戸籍を読み解いて、また一つ前へ…という作業を「出生」の記載にたどり着くまで繰り返します。特に相続人調査で重要な資料となる「改製原戸籍」は、手書きで読みにくいことも多いですが、根気強く読み解くことが重要です。もし戸籍の記載に誤りがあれば、戸籍訂正が必要になる場合もあります。
役所の窓口では「相続で使います。〇〇(亡くなった方)の出生から死亡まで遡れる戸籍をすべてください」と伝えれば、担当者も理解してくれやすいでしょう。
戸籍の集め方【ケース別】広域交付制度の賢い使い方
「昔の本籍地が全国バラバラで、全部の役所に連絡しないといけないの?」
かつては、その大変な作業が必要でした。しかし、2024年3月1日から始まった新しい制度、それが「戸籍の広域交付制度」です。
この制度を使えば、本籍地がどこにあっても、最寄りの市区町村役場の窓口でまとめて戸籍を請求できるようになりました。ただし、この便利な制度は誰でもどんな場合でも使えるわけではなく、相続人の立場によって使い勝手が大きく変わる点に注意が必要です。
子が相続人なら簡単:広域交付制度をフル活用しよう
亡くなった方のお子さんが相続人になる場合、この広域交付制度のメリットを最大限に活かせます。亡くなった親の出生から死亡までの戸籍を、最寄りの役所一か所でまとめて取得することが可能です。
この制度のおかげで、一人っ子の相続など、子が相続人となるケースでは、戸籍集めの負担は劇的に軽くなりました。以下の点にだけ注意して、ぜひご自身で挑戦してみてください。
- 必要なもの:請求者本人の顔写真付き身分証明書(マイナンバーカード、運転免許証など)
- 注意点:郵送や代理人による請求はできません。必ず本人が役所の窓口に行く必要があります。また、請求する戸籍の数が多いと、発行に時間がかかったり、後日受け取りになったりする場合もあります。
兄弟姉妹が相続人なら困難:広域交付は使えない
ここが最も重要なポイントです。亡くなった方の兄弟姉妹(またはその子である甥・姪)が相続人になる場合、広域交付制度を使って亡くなった方の戸籍をまとめて請求することはできません。
なぜなら、この制度で請求できるのは、自分自身と、配偶者、親や祖父母、子や孫といった「直系」の親族の戸籍に限られているからです。兄弟姉妹は「傍系」という関係にあたるため、制度の対象外となってしまうのです。
そのため、兄弟姉妹相続の場合は、亡くなった兄弟姉妹など傍系親族の戸籍については広域交付を利用できず、従来通り本籍地をたどって各役所に個別に請求する必要があります。一方で、請求者から見て直系にあたる父母等の戸籍は、広域交付を利用できる場合があります。さらに、兄弟姉妹が相続人であることを証明するためには、亡くなった方の戸籍だけでなく「亡くなった方の両親(父と母)それぞれの出生から死亡までの戸籍」も必要となり、集めるべき書類の範囲が格段に広がります。面識のないいとこが相続人になるケースなどもあり、手続きの難易度は一気に跳ね上がります。
より具体的な手順については、「戸籍謄本の広域交付制度の使い方」をご覧ください。
戸籍集め、自分でやる?専門家に任せる?判断ポイント
ご自身の状況に合わせて、戸籍集めを自分で行うか、私たちのような専門家に任せるかを判断するためのポイントを整理しましょう。
実務の現場では、相続人の状況によって対応を分けています。被相続人にお子さんがいる場合は、その方が相続人となり、広域交付制度を使えばご自身でスムーズに集められることが多いです。そのため、まずはご自身で取得に挑戦されることをお勧めしています。
一方で、兄弟姉妹が相続人になるケースは手続きが非常に煩雑になるため、多くの方が戸籍の取得代行をご依頼になります。ご自身の状況に合わせて、最適な方法を選ぶことが大切ですね。

専門家への依頼を強く推奨する困難ケース
以下のようなケースでは、ご自身で進めると膨大な時間がかかるだけでなく、書類の収集漏れといったリスクも高まります。初めから専門家へ依頼することを強くお勧めします。
- 兄弟姉妹や甥・姪が相続人である
(広域交付が使えず、集める戸籍の範囲も格段に広いため) - 代襲相続や数次相続が発生している
(亡くなった相続人の出生から死亡までの戸籍も必要になるなど、関係が複雑化するため) - 相続人が多い、または面識のない相続人がいる
- 手書きの古い戸籍が読めず、内容を正確に把握できない
- 戸籍が戦災などで焼失している可能性がある
(「除籍等が滅失した旨の証明書」を取り付けるなど、特別な対応が必要なため) - 被相続人が外国籍である
(日本の戸籍制度とは異なるため、専門的な知識が不可欠)
正確性とスピード、そして何よりご自身の心労を軽くするためにも、難しいと感じたら専門家の力を頼ることを検討してみてください。当事務所の料金一覧もご確認いただけます。
集めた戸籍の使い道と次のステップ
苦労して集めた「出生から死亡までの戸籍」は、相続手続きのゴールではありません。これは、各種の相続手続きで相続関係を確認するための基礎資料です。この戸籍一式は、主に以下のような手続きで提出を求められます。
- 預貯金の解約・名義変更
- 不動産の名義変更(相続登記)
- 株式など有価証券の名義変更
- 相続税の申告(相続税申告が必要な場合)
- 自動車の名義変更
- 遺産分割調停の申し立て
さらに、集めた戸籍をもとに法務局で「法定相続情報一覧図」という証明書を発行してもらえば、その後の手続きで戸籍一式の提出が不要になる場面が多く、格段にスムーズになります。戸籍収集が終わったら、ぜひこの制度の活用も検討しましょう。
まとめ:戸籍集めで困ったら専門家にご相談を
「出生から死亡までの戸籍」の収集は、すべての相続手続きの土台となる、非常に重要な第一歩です。広域交付制度によってご自身で集めやすくなった一方、兄弟姉妹相続のように、依然として専門的な知識と根気が必要なケースも少なくありません。
もし、戸籍集めの途中でつまずいてしまった、これで全部揃っているか不安だ、と感じたときは、決して一人で抱え込まないでください。私たち司法書士は、戸籍収集や相続手続きの不安を軽減し、円滑な手続きにつなげるためのサポートを行います。どうぞお気軽にご相談ください。
当事務所のサービス詳細については、「相続人調査・戸籍謄本の取得代行」で詳しく解説しています。

司法書士・行政書士・社会保険労務士いがり綜合事務所の司法書士 猪狩 佳亮(いがり よしあき)です。神奈川県川崎市で生まれ育ち、現在は遺言や相続のご相談を中心に、地域の皆さまの安心につながるお手伝いをしています。8年の会社員経験を経て司法書士となり、これまで年間100件を超える相続案件に対応。実務書の執筆や研修の講師としても活動しています。どんなご相談も丁寧に伺いますので、気軽にお声がけください。
公証人は出張可能!入院中でも公正証書遺言を作る方法
入院・入所中の遺言作成、まず確認すべき3つのこと
「残される家族のために、きちんと遺言書を作っておきたい。でも、身体が思うように動かず、公証役場まで行けない…」
ご高齢の方や、入院中、あるいは介護施設に入所中の方から、このような切実なご相談を数多くお受けしてきました。親の容態を案じ、「早くしなければ」と焦るお気持ちは痛いほど分かります。しかし、その焦りが思わぬトラブルを招くことも少なくありません。
まずは落ち着いて、現状を整理しましょう。公証人への出張を依頼する前に、必ず確認していただきたい3つのポイントがあります。これらを事前にクリアにしておくだけで、手続きは格段にスムーズに進みます。
このテーマの全体像については、生前対策は何から始める?専門家が教える全体像と手順で体系的に解説しています。
①本人の「遺言を作りたい」という意思は明確か?
何よりも大切なのが、ご本人の「遺言を作りたい」という明確な意思です。ご家族がどんなに必要性を感じていても、ご本人が乗り気でなければ、手続きを進めることはできません。
そして、法的に最も重要なのが「意思能力(遺言能力)」の有無です。これは、ご自身が作成する遺言の内容や、その結果どうなるのかを正しく理解できる判断能力を指します。もしこの能力が欠けていると判断されれば、せっかく作成した遺言も後から無効になってしまう可能性があります。
作成当日、公証人はご本人と直接会話し、「今日は何月何日ですか?」「この財産を、なぜこの方に残したいのですか?」といった質問を通じて、この意思能力を慎重に確認します。受け答えがしっかりしていれば、たとえ身体が不自由でも問題ありません。しかし、認知症の兆候が見られるなど少しでも不安がある場合は、後々の紛争を防ぐためにも、慎重な判断が求められます。特に相続人が認知症の場合は手続きが複雑になるため、事前の準備がより重要になります。
②病院や施設は外部の人の立ち入りを許可しているか?
入院中や施設入所中という特殊な環境では、物理的な制約も大きなハードルとなります。特に感染症対策などの観点から、外部の人の面会や立ち入りに厳しい制限を設けている病院や施設は少なくありません。
公証人や証人2名が立ち入れなければ、公正証書遺言の作成は不可能です。まずは担当の医師や看護師、ケアマネージャー、施設長などに「公正証書遺言を作成するため、公証人と証人に来てもらいたい」という意向を伝え、許可を得ることが最初の具体的なステップとなります。
また、遺言という極めてプライベートな内容を扱うため、プライバシーの確保も必須です。相部屋の場合は、個室や面談室などを一時的に利用できるかどうかも、併せて確認しておきましょう。
③時間的な余裕はあるか?公証人の手配には時間がかかる
「急がなければ」という気持ちはよく分かりますが、公証人の手配には想像以上に時間がかかることを知っておく必要があります。公証人も多忙なため、依頼してから実際に出張してくれるまで、1~2ヶ月ほどかかるケースも珍しくありません。
遺言を作成するご本人の体力や気力も必要です。残された時間から逆算し、計画的に準備を進めることが大切です。もし、時間的な余裕が本当にないという場合には、後ほど解説する「自筆証書遺言」や「危急時遺言」といった他の選択肢も視野に入れる必要があります。
より具体的な手順については、公正証書が無理でも大丈夫。最低限の自筆証書遺言が持つ本当の意味をご覧ください。
【実践】公証人に出張してもらう公正証書遺言の作り方
「公正証書遺言を作りたいけれど、外出ができない」というご相談は、私たちが日々お受けする中でも特に切実なものです。当事務所では、寝たきりの状態の方や、癌専門の病院に入院されている方など、多くのケースで公証人の出張による遺言作成をサポートしてきました。
たとえ寝たきりであっても、どのような遺言にしたいか、ご自身の意思をはっきりと表明できるのであれば、遺言書の作成は可能です。このことをお伝えすると、多くの方が安堵の表情を浮かべられます。
ただし、出張を依頼する場合、通常の作成手数料が50%増しになったり、公証人の交通費が別途かかったりといった点もご理解いただく必要があります。私たちは、こうした現実的な情報もしっかりとご説明し、ご納得いただいた上で、万全の体制を整えます。
ここからは、具体的な作成手順を3つのステップに分けて見ていきましょう。
ステップ1:遺言内容の整理と必要書類の準備
まずは、遺言作成の土台となる準備です。完璧を目指す必要はありませんので、ご自身の想いを整理するために、簡単なメモから始めましょう。
- 誰に:財産を渡したい相手の名前(妻、長男など)
- 何を:主な財産の種類(自宅の土地・建物、〇〇銀行の預貯金など)
- どれくらい:どの財産を誰に渡したいかの割合や内容
このメモがあるだけで、後の手続きが驚くほどスムーズになります。遺言書で決められることには法的なルールもありますが、まずはご自身の希望を書き出すことが第一歩です。
同時に、以下の書類を準備しておくと、公証人との打ち合わせが効率的に進みます。
| 書類の種類 | 内容・取得場所など |
|---|---|
| 本人確認書類 | 印鑑登録証明書と実印、または運転免許証、マイナンバーカードなど |
| 戸籍謄本 | 遺言者本人と、財産を渡す相手との関係がわかるもの。本籍地の役所で取得します。 |
| 財産に関する資料 | 不動産の登記事項証明書や固定資産税納税通知書、預貯金通帳のコピーなど |
特に戸籍謄本は、本籍地が遠方にある場合など、収集に時間がかかることがあります。早めに準備を始めることをお勧めします。
戸籍証明書の取得方法については、地方公共団体情報システム機構のウェブサイトも参考にしてください。
参照:本籍地の戸籍証明書取得方法
ステップ2:公証役場への連絡と出張依頼
遺言内容のメモと必要書類がある程度そろったら、いよいよ公証役場に連絡します。連絡先は、遺言を作成する病院や施設の所在地を職務執行区域に含む公証役場です。日本公証人連合会のウェブサイトで、お近くの役場を探すことができます。
電話をかけたら、「公正証書遺言の作成のため、病院(または施設)まで出張をお願いしたい」と伝えましょう。その際、ご本人の状況や遺言内容の概要について尋ねられますので、ステップ1で準備したメモが役立ちます。
公証人は法律の専門家であり、守秘義務もあります。緊張せず、現状をありのままお話しください。近年では、公正証書遺言のデジタル化も進んでいますが、出張作成の場合は従来通り対面での手続きとなります。安心して相談しましょう。
ステップ3:証人2名の手配と当日の流れ
公正証書遺言を作成するには、必ず2名以上の証人の立ち会いが必要です。この証人には誰でもなれるわけではなく、法律で以下の人はなれないと定められています。
- 未成年者
- 推定相続人(将来相続人になる予定の人)、受遺者(遺言で財産をもらう人)およびその配偶者、直系血族
- 公証人の配偶者、四親等内の親族など
「頼める人がいない…」という場合でも、解決策はあります。公証役場で紹介してもらうか、私たちのような遺言作成をサポートする司法書士に依頼する方法です。専門家には守秘義務があり、手続き全体を円滑に進めやすいため、有力な選択肢の一つと言えるでしょう。
当日の大まかな流れは以下の通りです。
- 本人確認と意思の確認:公証人がご本人と面談し、本人であることと、遺言を作成する意思があることを確認します。
- 遺言内容の読み聞かせ:公証人が、作成した遺言書の文案を本人と証人に読み聞かせ、内容に間違いがないかを確認します。
- 署名・押印:内容に問題がなければ、遺言者本人、証人2名、公証人がそれぞれ署名・押印し、遺言書が完成します。
このように、公正証書遺言は厳格な手続きを経て作成されるため、他の遺言書の種類と比べても極めて信頼性が高いのです。
場所で変わる注意点|病院・施設・自宅での違い
公証人に出張してもらう場合、その場所が「病院」「介護施設」「自宅」のどこかによって、調整すべき事項や注意点が少しずつ異なります。ご自身の状況に合わせて、最適な準備を進めましょう。
病院の場合:医師の診断書と面会制限が鍵
病院で作成する場合、最も重要なのは医師との連携です。特にご本人の判断能力に少しでも不安がある場合は、後々のトラブルを避けるため、事前に主治医に相談し、「遺言の作成能力に支障なし」といった内容の診断書を取得しておくことを強くお勧めします。これが、遺言の有効性を客観的に証明する強力な証拠となります。
また、面会時間の制限や、感染症対策による立ち入り人数の制限など、病院独自のルールも確認が必要です。公証人と証人2名の計3名が同時に入れるか、事前にソーシャルワーカーなどに相談し、協力を得ておくとスムーズです。判断能力が著しく低下している場合は、成年後見制度の利用も検討する必要が出てきます。
介護施設の場合:施設側のルールとプライバシー確保
介護施設で作成する場合、まずは施設長やケアマネージャーへの事前確認が不可欠です。施設によっては、規則で入居者の法律行為に関与することを制限しているケースもあるためです。事前に遺言作成の意向を伝え、許可を得ておきましょう。
また、他の入居者の方も生活している環境のため、プライバシーの確保が病院以上に重要になります。遺言の内容が他人に聞かれることのないよう、個室や空いている相談室などを確保できるか、交渉しておく必要があります。
自宅療養の場合:公証人の管轄と環境整備
在宅医療を受けているなど、ご自宅で作成する場合は、比較的自由度が高い一方で、準備はすべてご家族で行う必要があります。
まず、公証人には職務執行区域があるため、ご自宅の所在地を職務執行区域に含む公証役場に相談する必要があります。また、ご本人が落ち着いて意思を伝えられる静かな環境を整えることも大切です。テレビの音や生活音などが妨げにならないよう、ご家族の協力が不可欠になります。
出張作成にかかる費用はいくら?内訳と目安を解説
費用について心配される方は非常に多いです。公証人に出張してもらう場合、通常の作成費用に加えて、いくつかの加算料金が発生します。費用の内訳は、主に以下の要素で構成されます。
- 基本手数料:遺言で渡す財産の価額に応じて法律で定められた手数料。
- 出張による加算料金(病床執務加算):基本手数料が原則として50%増しになります。
- 公証人の日当:公証人が役場の外で業務を行うための日当(4時間まで1万円、それを超えると2万円)。
- 公証人の交通費:役場から現地までの往復交通費(実費)。
- その他:証人を公証役場に依頼した場合の日当(1人1万円前後)や、手続きをサポートする専門家への報酬など。
例えば、5,000万円の財産を1人の相続人に渡す遺言書を作成する場合、大まかな公証人手数料は以下のようになります。
【シミュレーション例】財産5,000万円の場合
- 基本手数料:29,000円
- 遺言加算:11,000円
- 病床執務加算:14,500円(基本手数料の50%)
- 日当:10,000円(4時間以内の場合)
- 交通費:実費
- 合計:64,500円 + 交通費実費
※上記はあくまで目安です。財産の内容や相続人の数によって変動します。
正確な費用は財産の内容や場所によって変動しますので、事前に公証役場へ確認することをおすすめします。当事務所のような専門家の料金一覧も参考に、どこまでを自分で行い、どこから専門家に任せるかを検討するのも良いでしょう。
公証人手数料の規定については、法改正が行われることもあります。最新の情報は日本公証人連合会のウェブサイトなどで確認することをおすすめします。
参照:公証人手数料令の改正について
もし公正証書が難しい場合の代替案
ご本人の容態が急変し、公証人の手配が間に合わない。あるいは、体力が持たず、作成手続きに耐えられないかもしれない。万が一、公正証書遺言の作成が難しい場合には、次善策として他の方法も存在します。
ただし、これらはあくまで緊急避難的な選択肢であり、それぞれにデメリットやリスクがあることを理解しておく必要があります。
選択肢① 自筆証書遺言:手軽だがリスクも大きい
自筆証書遺言は、その名の通り、全文を自分で手書きして作成する遺言書です。費用がかからず、思い立った時にすぐ作成できるのが最大のメリットです。
しかし、デメリットも少なくありません。
- 形式不備で無効になるリスク:日付や署名がないなど、法律で定められた形式を守らないと無効になります。
- 本人が書いたかどうかの争い:筆跡が違うなど、後から真偽を巡ってトラブルになる可能性があります。
- 紛失・改ざんの恐れ:自宅で保管する場合、紛失したり、心ない人によって改ざんされたりするリスクがあります。
- 死後の検認手続きが必要:遺言書を発見した相続人は、家庭裁判所で「検認」という手続きを経る必要があり、手間と時間がかかります。
病床で手が震えるなど、自筆が困難な状況では特に注意が必要です。財産目録はパソコンで作成できるようになりましたが、本文は必ず自筆でなければなりません。あくまで次善の策と考え、可能であれば専門家の内容チェックを受けることが望ましいでしょう。
より詳しい手順については、遺言書の検認をご覧ください。
選択肢② 危急時遺言:命の危険が迫っている最終手段
危急時遺言(死亡危急時遺言)は、病気や怪我で死期が迫り、自筆証書遺言すら作成する余裕がないという、まさに最終手段です。
この方式は、以下のような非常に厳格な要件が定められています。
- 証人3人以上の立ち会いが必要。
- 遺言者が証人の1人に遺言の内容を口頭で伝える(口授)。
- 口授を受けた証人がそれを筆記し、遺言者と他の証人に読み聞かせる。
- 各証人が署名・押印する。
- 遺言の日から20日以内に家庭裁判所に請求し、その確認を得なければならない。
要件が極めて複雑で、利用されるケースは稀です。もしこの方法を検討せざるを得ない状況になった場合は、必ず速やかに専門家へ相談してください。
遺言制度の改正に関する情報については、法務省の資料もご参照ください。
参照:民法(遺言関係)等の改正に関する要綱案(修正案)についての …
手続きが不安な方は専門家への相談が近道です
ここまでご自身で手続きを進める方法を解説してきましたが、ご本人の体調がすぐれない中、あるいはご家族が遠方にお住まいの場合、これらの手続きをご自身たちだけで行うのは、心身ともに大きな負担となるかもしれません。
そんな時は、決して無理をせず、私たち司法書士のような専門家を頼ってください。遺言作成の準備から公証役場との調整まで、必要な場面でサポートします。
【司法書士が代行・サポートできること】
- 遺言内容の法的な整理・助言:ご希望が法的に実現可能か、将来のトラブルを避けやすい内容になっているかを専門家の視点で確認し、状況に応じた条文案を作成します。
- 必要書類の収集代行:手間のかかる戸籍謄本や不動産の登記事項証明書などの取得をすべて代行します。
- 公証役場とのすべての調整:公証人との事前打ち合わせ、日程調整、遺言案のすり合わせなど、すべての連絡・交渉を代行します。
- 証人の手配:信頼できる証人を2名手配いたします。ご自身で探す必要はありません。
- 病院・施設との調整サポート:場所の確保など、デリケートな交渉についてもサポートします。
遺言書は、残されるご家族に財産の承継方法やご本人の意思を明確に伝えるための重要な書面です。その大切な想いを、法的な不備をできるだけ避けながら形に残すために、専門家がいます。どのような相続に強い司法書士かを見極め、まずはご状況をお聞かせください。
手続きの負担を軽減することで、ご本人やご家族が必要な時間を確保しやすくなります。手続きは、私たち専門家にお任せいただけませんか。

司法書士・行政書士・社会保険労務士いがり綜合事務所の司法書士 猪狩 佳亮(いがり よしあき)です。神奈川県川崎市で生まれ育ち、現在は遺言や相続のご相談を中心に、地域の皆さまの安心につながるお手伝いをしています。8年の会社員経験を経て司法書士となり、これまで年間100件を超える相続案件に対応。実務書の執筆や研修の講師としても活動しています。どんなご相談も丁寧に伺いますので、気軽にお声がけください。
相続人が行方不明…遺産分割と相続登記の対処法を解説
相続人が行方不明…まず知るべき大原則
「相続人の一人とどうしても連絡が取れない…。このままでは遺産分割も相続登記も進まない…。」
相続手続きを進める中で、このような壁に突き当たってしまう方は少なくありません。先の見えない状況に、不安や焦りを感じていらっしゃるのではないでしょうか。
多くの方が最初に考えるのが、「行方不明の相続人を除外して、残りのメンバーだけで手続きを進められないか?」ということかもしれません。しかし、残念ながら、それは法的に認められていません。行方不明の相続人を無視して行った遺産分割協議は、原則として「無効」となってしまいます。
厳しい現実かもしれませんが、ご安心ください。法律は、このような困難な状況を乗り越えるための解決策をきちんと用意しています。この記事では、司法書士として数多くの相続案件に携わってきた経験から、行方不明の相続人がいる場合の具体的な対処法を、順を追って分かりやすく解説していきます。このテーマの全体像については、相続手続きの内容(遺産整理業務)で体系的に解説しています。
なぜ行方不明の相続人を除外できないのか?
そもそも、なぜ一人でも欠けてはならないのでしょうか。それは、遺産分割協議が「相続人全員の合意」によってはじめて成立する、という大原則があるからです。
相続権は、法律によって強く保障された個人の大切な権利です。たとえ長年音信不通であったとしても、その人の相続権が自動的に消滅することはありません。そのため、相続人のうち一人でも協議に参加していなければ、その決定は法的に効力を持たないのです。
もし、行方不明者を無視して手続きを進めてしまうと、後からその相続人が現れて権利を主張した場合、すべての手続きをやり直さなければならなくなる可能性があります。不動産の相続登記を済ませていたとしても、後から登記の抹消や更正などが必要になる可能性があり、大変なトラブルに発展しかねません。だからこそ、正しい手順を踏むことが、最終的にご家族全員を守ることにつながるのです。
最初に試すべきこと:行方不明の相続人の探し方
法的な手続きを検討する前に、まずはご自身でできる範囲で相続人を探してみましょう。意外なところから手がかりが見つかることもあります。
- 戸籍の附票(こせきのふひょう)を取得する
戸籍の附票とは、その人の住所の履歴が記録された書類です。本籍地の市区町村役場で取得できます。現在の住民票上の住所が判明すれば、手紙を送るなどして連絡が取れる可能性があります。相続手続きのためであれば、他の相続人の戸籍の附票も取得することが可能です。 - 親族や共通の知人に聞いてみる
ご自身の知らない連絡先を、他の親族や共通の知人が知っているケースはよくあります。昔の年賀状や手紙が残っていないかも確認してみましょう。
ただし、ご自身での相続人調査には限界があります。住民票の住所に住んでいない、手紙を送っても返事がない、という場合は、次のステップである法的な手続きを検討する必要があります。

【事例】音信不通の相続人がいても相続登記を完了できたケース
法的な手続きと聞くと、難しくて大変なイメージがあるかもしれません。しかし、実際に専門家が介入し、無事に解決できた事例は数多くあります。ここで、当事務所が関わったあるケースをご紹介しましょう。
ご相談に来られたのは、長野県にお住まいだった叔父様を亡くされた方でした。叔父様は生涯独身でお子さんもおらず、ご両親もすでに他界されていました。法定相続人は、ご相談者様とそのご兄弟、そして叔父様の妹(ご相談者様から見ると叔母様)の合計4名でした。
ご兄弟とはすぐに連絡がつき、相続手続きへの協力も得られましたが、叔母様とはまったく連絡が取れない状態でした。遺産には預金2,000万円とご自宅の不動産があり、遺言書もなかったため、遺産分割協議が必須です。
私たちは職権で叔母様の住民票を取得し、お手紙をお送りしましたが、何の反応もありません。ご相談者様が直接ご自宅を訪ねても、不在の様子…。まさに八方ふさがりの状況でした。
そこで、私たちは信頼できる弁護士と連携し、法的な手続きに移行することを決断しました。弁護士による調査を尽くしても叔母様の所在は不明だったため、家庭裁判所に「不在者財産管理人」の選任を申し立てたのです。
やがて家庭裁判所によって不在者財産管理人が選任され、その管理人が叔母様の代理人として遺産分割協議に参加。ついに協議が成立し、滞っていた預金の解約と不動産の相続登記を無事に完了させることができました。
この事例のように、一見すると解決不可能に思える状況でも、専門家が法的な手続きを適切に進めることで、大切な財産をきちんと承継させることができるのです。
行方不明の相続人がいる場合の2つの解決策
それでは、具体的にどのような法的手続きがあるのでしょうか。行方不明の相続人がいる場合、代表的な制度として「不在者財産管理人制度」や「失踪宣告制度」があります。どちらも家庭裁判所を利用する手続きですが、その性質は大きく異なります。

解決策①:不在者財産管理人を選任する
不在者財産管理人制度は、行方不明の相続人が「生存している」ことを前提とした手続きです。家庭裁判所が、行方不明者の財産を管理する代理人(不在者財産管理人)を選任します。この管理人が、行方不明者に代わって遺産分割協議に参加することで、手続きを進めることが可能になります。
【不在者財産管理人の役割】
- 行方不明者の財産の調査・管理・保存
- 家庭裁判所の許可を得て、遺産分割協議に参加する
選任された管理人は、あくまで行方不明者の利益を守るための存在です。そのため、遺産分割協議に参加する際には、行方不明者の法定相続分を確保する内容でなければ、家庭裁判所の許可は得られません。
【手続きの流れ】
- 申立て:利害関係人(他の相続人など)が、行方不明者の従来の住所地を管轄する家庭裁判所に選任を申し立てます。
- 審理・選任:家庭裁判所が調査を行い、管理人を選任します。弁護士や司法書士などの専門家が選ばれることが一般的です。
- 財産管理・権限外行為許可:管理人は財産を管理し、遺産分割協議に参加するためには別途「権限外行為許可」を家庭裁判所に申し立てます。
- 遺産分割協議:許可を得た管理人が協議に参加し、遺産分割協議書を作成します。
【費用について】
申立て自体の費用は数千円程度ですが、最も大きな負担となる可能性があるのが、裁判所に納める「予納金」です。これは管理人の報酬や経費に充てられるもので、事案によりますが数十万円から100万円以上になることもあります。なお、不在者財産管理人と似た制度に成年後見制度がありますが、目的や対象者が異なります。
より詳しい情報については、裁判所のウェブサイトもご参照ください。
参照:不在者財産管理人選任 | 裁判所
解決策②:失踪宣告を申し立てる
失踪宣告制度は、長期間にわたって生死が不明な人について、法律上「死亡した」とみなす制度です。これにより、その人は相続関係から外れることになり、残りの相続人で遺産分割協議を進めることができます。
失踪宣告には2つの種類があります。
- 普通失踪:生死が7年間明らかでない場合。7年の期間が満了した時に死亡したとみなされます。
- 特別失踪(危難失踪):戦争、船舶の沈没、震災などの危難に遭い、その危難が去った後、1年間生死が明らかでない場合。危難が去った時に死亡したとみなされます。
【手続きの流れ】
- 申立て:利害関係人が、行方不明者の従来の住所地を管轄する家庭裁判所に申し立てます。
- 調査・公示催告:家庭裁判所が調査を行い、官報などで一定期間、行方不明者やその生存を知る人からの届出を促します。
- 審判:届出がない場合、家庭裁判所が失踪宣告の審判を下します。
- 届出:審判が確定した後、10日以内に市区町村役場に失踪の届出をします。
この制度は、行方不明者を死亡したものとして扱う非常に強力な効果を持ちます。そのため、単に連絡が取れないというだけでは認められず、長期間にわたり生死不明であることが客観的に証明できなければなりません。
手続きに関する書式などは、裁判所のウェブサイトで確認できます。
参照:失踪宣告の申立書 | 裁判所
不在者財産管理人と失踪宣告、どちらを選ぶべき?
「自分の場合は、どちらの制度を使えばいいのだろう?」と悩まれる方も多いでしょう。どちらを選ぶべきかは、状況によって異なります。以下の3つのポイントを参考に、ご自身のケースを整理してみてください。
| 項目 | 不在者財産管理人 | 失踪宣告 |
|---|---|---|
| 前提 | 生存している | 法律上、死亡したとみなす |
| 主な対象 | 不在者(従来の住所又は居所を去り、容易に戻る見込みのない者)で、生存の可能性がある場合など | 生死が7年間明らかでない場合(普通失踪)/危難が去った後1年間生死が明らかでない場合(危難失踪) |
| 費用 | 予納金が高額になる可能性あり(数十万~) | 比較的低額(数千円~) |
| 期間 | 比較的短い(数か月~) | 長い(半年~1年以上) |
| 本人が戻った場合 | 管理していた財産を返還 | 失踪宣告が取り消され、遺産分割が遡って無効になる可能性 |
判断のポイント①:行方不明からの期間と状況
最も重要な判断基準は、行方不明になってから7年が経過しているかどうかです。7年というのが、普通失踪の要件だからです。
- 7年未満の場合:原則として「不在者財産管理人」制度を利用します。
- 7年以上経過している場合:「失踪宣告」が選択肢に入ります。
ただし、単に期間だけでなく、「なぜ連絡が取れなくなったのか」「生きている可能性はどのくらいか」といった状況も考慮すべきです。例えば、7年以上経過していても、どこかで元気に暮らしているという噂があるような場合は、失踪宣告ではなく不在者財産管理人制度の利用を検討する方が適切かもしれません。
判断のポイント②:費用と手続きにかかる時間
現実的な問題として、費用と時間も重要な判断材料です。
- 不在者財産管理人:予納金が高額になる可能性がありますが、手続き自体は失踪宣告より早く進む傾向があります。
- 失踪宣告:申立て費用は比較的安いですが、公示催告などの期間が必要なため、解決までに1年近くかそれ以上かかることもあります。
「費用がかかっても早く解決したい」のか、「時間はかかっても費用を抑えたい」のか、ご自身の希望や他の相続人の意向も踏まえて検討する必要があります。
判断のポイント③:将来的なリスクの違い
万が一行方不明だった本人が戻ってきた場合のリスクも考えておかなければなりません。
- 不在者財産管理人:管理人が本人のために確保していた財産を返還すれば済みます。遺産分割協議自体が無効になることはありません。
- 失踪宣告:本人が生存していた場合、失踪宣告の取消しを申し立てることができます。宣告が取り消されると、その人が死亡したことを前提に行った遺産分割は根本から覆ってしまう可能性があります。すでに分割した財産を返還しなければならなくなり、非常に複雑な事態に陥るリスクがあります。
このリスクの大きさから、失踪宣告は、生存の可能性が極めて低い場合に用いられる、より慎重な判断が必要な手続きといえるでしょう。

行方不明者がいる相続、専門家への相談が解決の近道です
ここまで解説してきたように、行方不明の相続人がいる場合の手続きは、法律的な知識と複雑な手順を要します。ご自身で戸籍を読み解き、家庭裁判所への申立書類を作成し、適切な制度を選択するのは、精神的にも時間的にも大きな負担となるでしょう。
このような状況に陥ってしまったときこそ、私たち司法書士のような専門家の力を頼ってください。一人で抱え込まずに相談することが、解決への一番の近道です。
司法書士ができること、弁護士との連携
私たち司法書士は、まず相続の専門家として、複雑な戸籍を収集・解読し、正確な相続関係を確定させるお手伝いができます。その上で、不在者財産管理人の選任申立てや失踪宣告の申立てなど、家庭裁判所に提出する書類の作成支援を行うことができます。
そして、最終的なゴールである不動産の相続登記まで、責任を持って担当いたします。また、事案が複雑で弁護士の代理行為が必要になった場合でも、当事務所では信頼できる弁護士と緊密に連携しておりますので、改めて探す手間なく、ワンストップでスムーズに対応を進めることが可能です。
「相続登記を司法書士に依頼する」ことは、このような複雑な状況において、有力な選択肢の一つとなるでしょう。
手続きが止まってお困りなら、まずはご相談ください
「何から手をつけていいか分からない」「自分の場合はどの手続きが合っているんだろう」
今、あなたが抱えているそのお悩みや不安を、まずは私たちに話してみませんか。専門家に相談するだけで、頭の中が整理され、解決への道筋が見えてくることも少なくありません。それだけでも、心の負担は大きく軽くなるはずです。
当事務所では、相続に関する無料相談を承っております。どんな些細なことでも構いません。あなたの状況を丁寧にお伺いし、最適な解決策を一緒に考えさせていただきます。どうぞ、一人で悩まずにお気軽にご連絡ください。

司法書士・行政書士・社会保険労務士いがり綜合事務所の司法書士 猪狩 佳亮(いがり よしあき)です。神奈川県川崎市で生まれ育ち、現在は遺言や相続のご相談を中心に、地域の皆さまの安心につながるお手伝いをしています。8年の会社員経験を経て司法書士となり、これまで年間100件を超える相続案件に対応。実務書の執筆や研修の講師としても活動しています。どんなご相談も丁寧に伺いますので、気軽にお声がけください。
成年後見人、誰に頼む?弁護士・司法書士・社会福祉士の違い
成年後見を検討する前に知っておきたい3つの選択肢
親御さんの判断能力に少しずつ変化が見られ、「そろそろ成年後見を考えないと…」と思ったとき、多くの方が最初に「誰に頼めばいいの?」という壁にぶつかるのではないでしょうか。特に、将来の相続まで見据えたとき、後見人を誰にするかは、ご家族の未来を左右するほど重要な選択になります。
実は、その選択肢は「専門家に頼む」だけではありません。大きく分けて3つの方法があることを、まずは知っておくことが大切です。
- 親族が後見人になる(親族後見)
- 専門家が後見人になる(専門職後見)
- 元気なうちに「家族信託」を活用する
この記事では、それぞれのメリット・デメリットを比較し、あなたのご家族にとって本当に頼りになるパートナーは誰なのか、その答えを見つけるお手伝いをします。このテーマの全体像については、成年後見をご検討中の方へで体系的に解説しています。
選択肢1:親族後見|親族が後見人になる場合のメリットと注意点
最も身近な選択肢が、ご家族が後見人になる「親族後見」です。親族が後見人になる場合、専門職に依頼する場合と比べて報酬負担を抑えられることがあります。また、ご本人にとって気心の知れた家族が関わることで、心情的な安心感が得られる場合もあります。
一方で、親族が後見人になる場合には大きな負担も伴います。預貯金の管理や日々の収支を記録し、年に一度は家庭裁判所へ財産目録などを提出する義務があり、精神的にも時間的にも決して楽ではありません。また、他の親族から「財産を使い込んでいるのでは?」と疑念を抱かれ、親族間の不信感や対立につながるリスクもあります。より詳しい情報については、親族は成年後見人になれるかという点もあわせてご確認ください。
選択肢2:専門職後見|第三者だからこその公平性と専門性
弁護士、司法書士、社会福祉士といった専門家が後見人になる方法です。最大のメリットは、第三者として中立・公平な立場で財産を管理してくれること。法的な手続きもスムーズに進み、何よりご家族が煩雑な管理業務から解放されるのは大きな利点です。
一方で、専門家への報酬が継続的に発生するというデメリットがあります。また、あくまで中立的な立場のため、ご家族の意向が100%反映されるわけではない、という側面も理解しておく必要があります。
選択肢3:家族信託|元気なうちだからできる柔軟な財産管理
成年後見制度とは全く異なるアプローチが「家族信託」です。これは、ご本人の判断能力がしっかりしているうちに、信頼できる家族(受託者)と契約を結び、財産の管理や活用方法をあらかじめ決めておく制度です。
成年後見制度よりも柔軟な財産管理が可能で、例えば収益不動産の建て替えや積極的な資産活用も設計できます。ただし、身上監護(介護サービスの契約など)は家族信託の範囲外であること、そして受託者となる家族の負担や、他の親族との十分な合意形成が不可欠である点には注意が必要です。
【専門職後見】弁護士・司法書士・社会福祉士の違いを徹底比較
それでは、専門家にお願いする場合、どの資格を持つ人を選ぶべきなのでしょうか。成年後見人の主な役割である「財産管理」と「身上監護(しんじょうかんご)」という2つの軸で、それぞれの強みと注意点を詳しく見ていきましょう。
弁護士:相続トラブル・紛争解決のプロフェッショナル
弁護士が後見人になる最大の強みは、その圧倒的な「紛争解決能力」にあります。
すでに親族間でもめている、あるいは将来「争続」に発展する可能性が高いケースでは、弁護士の存在が非常に心強い味方となります。他の相続人との交渉から、万が一、遺産分割調停や訴訟に発展した場合でも、代理人として一貫して対応できるのは弁護士だけです。
一方で、紛争の可能性が低い穏やかなケースでは、その能力がオーバースペックになることも。また、一般的に報酬は他の専門職に比べて高額になる傾向があります。
司法書士:不動産相続と財産管理実務の専門家
実は、専門職後見人として家庭裁判所から最も多く選任されているのが司法書士です。その理由は、相続手続きとの親和性の高さにあります。
司法書士の最も得意とする分野は、不動産の名義変更(相続登記)です。ご自宅やアパートなど、相続財産に不動産が含まれる場合、相続登記に必要な書類作成や登記申請を中心に、状況に応じて手続きを支援できます。ただし、相続人間で争いがある場合は、弁護士との連携が必要になることがあります。預貯金の解約といった煩雑な手続きにも精通しており、財産管理の実務を的確に進める力に長けています。
ただし、対応できる紛争には制限があり、簡易裁判所での訴額140万円以下の民事事件に限られます。そのため、深刻な対立がある場合は弁護士との連携が必要になることを覚えておきましょう。
社会福祉士:本人の生活を守る「身上監護」の専門家
弁護士や司法書士が「法律」の専門家であるのに対し、社会福祉士は「福祉」の専門家です。
最大の強みは、ご本人の生活に寄り添う「身上監護」にあります。介護サービスの利用契約や施設への入所手続き、医療機関との連携など、ご本人が自分らしく安心して生活を続けるためのサポートを得意とします。財産が預貯金のみなど比較的シンプルで、法律問題よりも生活面でのサポートを重視したい場合には、有力な選択肢となります。
注意点として、相続手続きや不動産登記といった法律実務は専門外です。これらの問題が発生した場合は、別途、司法書士など専門家への依頼が必要になります。例えば、認知症の親が不要な契約を続けている場合など、契約の解約といった身上監護と財産管理が絡む問題もあります。また、専門職後見人への報酬は継続的に発生するため、専門家選びは慎重に行う必要があります。
【比較表】状況別に最適解がわかる!後見人選びの判断基準
ここまでの内容を、親族後見や家族信託も加えた5つの選択肢で比較できるようにまとめました。ご自身の状況と照らし合わせ、どの選択肢が最もフィットするかを考える参考にしてください。
ケース別おすすめ診断
- 親族仲が良く、管理する財産に不動産がある
→ 財産管理実務と不動産登記に強い「司法書士」がおすすめです。 - すでに親族間でもめている、または将来の紛争が強く懸念される
→ 交渉から訴訟まで一貫して対応できる「弁護士」が最も頼りになります。 - 法律問題より、介護や生活面でのサポートを最優先したい
→ 身上監護のプロである「社会福祉士」が適任でしょう。 - とにかく費用を抑えたい。家族の負担は覚悟の上
→ 「親族後見」が選択肢になりますが、負担の大きさを覚悟する必要があります。 - 元気なうちに、将来の財産管理を柔軟に設計しておきたい
→ 成年後見とは別の選択肢として「家族信託」が非常に有効です。
専門家に依頼した場合の具体的な費用案内もご参照ください。
【実例】司法書士が弁護士を推薦?専門家選びで最も大切な視点
「どの資格の専門家に頼むか」も重要ですが、それ以上に大切なのは「ご家族が抱える問題の本質を解決できるのは誰か」という視点です。ここで、私たちがご依頼者様の未来を真剣に考えた結果、あえて司法書士である私ではなく、弁護士を後見人候補者として推薦した事例をご紹介します。
ご相談の背景
Aさんの三男の方から、「認知症が進行した父のために後見制度を利用したい」とご相談がありました。Aさんには3人のお子さんがおり、長男がAさんと同居していましたが、Aさんが施設に入所。その後、三男の方がAさんの預金通帳を確認したところ、残高がほとんどなくなっていることに気づきました。長男を問い詰めても、はっきりとした答えは返ってきません。司法書士としての判断と提案
当初、三男の方は、何度も打ち合わせを重ねた私を後見人候補者として申立てをしたいと希望されました。しかし、このケースの最大の問題点は「長男による預金の使い込み疑惑」です。もしこれが事実であれば、Aさんの財産を取り戻すために、長男に対して訴訟など法的な手続きが必要になる可能性が非常に高い状況でした。このような深刻な紛争対応は、司法書士の業務範囲を超えてしまいます。そこで私は三男の方に、こうお伝えしました。
「この状況では、訴訟まで見据えて動ける弁護士の先生が後見人になるのが、お父様とご家族にとって最善です。家庭裁判所も、おそらく同じ判断をする可能性が高いでしょう」結果
ご説明に納得いただいた三男の方へ、私が信頼する弁護士の先生をご紹介し、その先生を後見人候補者として申立てを行いました。結果、その後の手続きはスムーズに進み、ご家族は安心してAさんの将来を任せることができました。
私たちは、目先の業務をお受けすることだけが仕事とは考えていません。その先にあるご家族の幸せまで見据え、たとえ他の専門家が適任であっても、正直に最善のご提案をすることを信条としています。どの専門家に相談すべきか迷った場合も、まずは一度ご状況をお聞かせください。適切な専門家の選び方についてもアドバイスが可能です。
忘れてはいけない注意点|最終決定権は家庭裁判所に
ここで一つ、非常に重要な注意点をお伝えします。それは、最終的に誰を後見人に選任するかは、家庭裁判所が決定するということです。
申立ての際に「この先生を後見人候補者に」と希望を伝えることはできますが、必ずしもその通りになるとは限りません。家庭裁判所は、以下のような事情を総合的に考慮して、ご本人にとって最もふさわしいと判断した人物(親族または専門家)を選任します。
- 本人の財産状況:不動産の有無、預貯金の額、負債など
- 親族間の関係性:協力体制が築けるか、対立の有無など
- 本人の心身の状態:必要な医療や介護の内容、生活環境など
例えば、親族間の関係が悪化し紛争の恐れがあれば弁護士が、財産に不動産があり関係が良好であれば司法書士が選ばれやすい、といった傾向はあります。この仕組みを理解しておくことは、後見制度をスムーズに利用する上でとても大切です。なお、近年では成年後見制度の法改正に関する議論も進んでいます。
より詳しい情報については、裁判所の公式サイトも参考にしてください。
参照:後見ポータルサイト
後見制度利用の前に|元気なうちに検討したい生前対策
ここまで成年後見制度について解説してきましたが、この制度はあくまでご本人の判断能力が不十分になった後の、いわば「最終手段」の一つです。
もし、親御さんにまだ十分な判断能力が残っているのであれば、ご本人の意思をより柔軟に反映できる、他の選択肢を検討することをお勧めします。
- 任意後見契約:将来判断能力が低下したときに備え、あらかじめ自分で後見人を選んでおく契約です。
- 遺言書作成:誰にどの財産を遺すかを明確にし、将来の相続トラブルを防ぎます。
- 家族信託:元気なうちに、信頼できる家族に財産の管理・処分を託す契約です。特にアパートオーナーの認知症対策など、事業承継にも有効です。
これらの生前対策は、ご本人の「想い」を未来に繋ぐための有効な手段です。「もっと早く知っていれば…」と後悔しないためにも、ぜひお早めにご検討ください。
まとめ:最適なパートナー選びが円満相続の第一歩です
成年後見人を誰に頼むか。その答えは、ご家族の状況によって全く異なります。
今回のポイントをシンプルにまとめると、以下のようになります。
- 紛争のおそれがあるなら、弁護士
- 不動産があり、円滑な手続きを望むなら、司法書士
- 生活支援を最優先に考えたいなら、社会福祉士
しかし、最も大切なのは、資格の名前だけで選ぶのではなく、ご本人の財産状況、ご家族の関係性、そしてご本人が望む生活、これらを総合的に考えて最適なパートナーを見つけることです。
成年後見人の選任は、単なる財産管理の手続きではありません。それは、ご本人の穏やかな晩年を守り、その先にある「円満な相続」を実現するための、きわめて重要な第一歩なのです。「うちの場合はどうなんだろう…」と一人で悩まず、まずは無料相談をご利用ください。専門家の話を聞いてみることは、後悔を防ぐための有効な方法の一つです。

司法書士・行政書士・社会保険労務士いがり綜合事務所の司法書士 猪狩 佳亮(いがり よしあき)です。神奈川県川崎市で生まれ育ち、現在は遺言や相続のご相談を中心に、地域の皆さまの安心につながるお手伝いをしています。8年の会社員経験を経て司法書士となり、これまで年間100件を超える相続案件に対応。実務書の執筆や研修の講師としても活動しています。どんなご相談も丁寧に伺いますので、気軽にお声がけください。
遺言書の作成費用はいくら?専門家が費用を抑える方法を解説
遺言書作成の費用、総額はいくら?2つの方式を徹底比較
「家族のために遺言書を準備しておきたいけれど、費用がどれくらいかかるのか分からなくて…」と、一歩を踏み出せずにいませんか?大切な想いを形にする遺言書ですが、作成方法によって費用は大きく異なります。
遺言書には、主に「自筆証書遺言」と「公正証書遺言」の2種類があります。ご自身で手軽に作成できるものから、専門家である公証人が関与して確実性の高いものまで、それぞれの特徴と費用を正しく理解することが、あなたにとって最適な選択への第一歩です。
この記事では、司法書士として数多くの遺言書作成をサポートしてきた専門家の視点から、それぞれの費用相場、メリット・デメリット、そして費用を抑えつつも確実な遺言書を作成するためのポイントを分かりやすく解説します。この記事を読めば、費用への不安が解消され、ご自身の状況に合った遺言書の作成方法がきっと見つかるはずです。生前対策の全体像については、生前対策は何から始める?専門家が教える全体像と手順で体系的に解説しています。
【早見表】自筆証書と公正証書の費用・特徴比較
まずは、2つの遺言書作成方法の違いを一目でご理解いただけるよう、比較表にまとめました。

| 項目 | 自筆証書遺言 | 公正証書遺言 |
|---|---|---|
| 作成費用(実費) | 0円〜(法務局保管制度利用時は3,900円) | 数万円〜(財産額により変動) |
| 法的な確実性 | △(形式不備で無効になるリスクあり) | ◎(公証人が作成するため、ほぼ無効にならない) |
| 作成の手間 | △(全文自筆、要件が厳しい) | ◎(公証人が作成、本人は署名・押印のみ) |
| 死後の手続き(検認) | 原則必要(相続人に手間と費用がかかる) | 不要(相続手続きがスムーズ) |
このように、作成時の費用だけを見れば自筆証書遺言が圧倒的に安価ですが、法的な確実性や相続開始後のご家族の負担まで考慮すると、公正証書遺言に大きなメリットがあることが分かります。
専門家(司法書士)に依頼した場合の費用相場
ご自身で手続きを進めるのが不安な場合、司法書士などの専門家に作成サポートを依頼することもできます。費用は事務所によって異なりますが、一般的な相場は以下の通りです。
- 自筆証書遺言の作成サポート:10万円〜20万円程度
- 公正証書遺言の作成サポート:8万円〜15万円程度
当事務所では、お客様に安心してご依頼いただけるよう、明確な料金体系をご用意しています。
- 自筆証書遺言サポート:110,000円(税込)
- 公正証書遺言作成サポート:88,000円(税込)
※公証役場の手数料、証人の日当は別途かかります。
弁護士や信託銀行に依頼すると報酬が数十万円から百万円以上になるケースも少なくありません。司法書士は、相続手続き全般の専門家として、比較的リーズナブルな費用で質の高いサポートを提供できるのが強みです。
費用を抑えたいなら「自筆証書遺言」|ただし注意点が…
「とにかく費用をかけずに遺言書を作りたい」という方にとって、自筆証書遺言は魅力的な選択肢に見えるでしょう。しかし、その手軽さの裏には、残されたご家族に思わぬ負担をかけてしまう可能性が潜んでいます。
メリット:費用はほぼゼロ、いつでも自分で作成できる
自筆証書遺言の最大のメリットは、何と言ってもその手軽さと費用の安さです。紙とペン、印鑑さえあれば、費用は一切かかりません。思い立った時に、誰にも内容を知られることなく、ご自身のペースで作成できるプライバシー性の高さも特徴です。
デメリット:無効リスクと死後の「検認手続き」という負担
費用がかからない一方で、自筆証書遺言には看過できないデメリットが存在します。
第一に、法律で定められた形式を守らないと無効になってしまうリスクです。例えば、日付の記載がない、本文が自筆でない(代筆や本文のパソコン作成は不可)、署名・押印がないといったミスで遺言書全体が無効となることがあります。なお、財産目録はパソコンで作成したものや通帳コピー等を添付することもできますが、その場合は各頁に署名・押印が必要です。こうした自筆証書遺言の注意点は数多く存在します。
そして、もう一つの大きな負担が、相続開始後に家庭裁判所で行う「検認(けんにん)」という手続きです。検認とは、遺言書の偽造や変造を防ぎ、その状態を保全するための手続きで、相続人全員に通知され、裁判所で遺言書を開封します。
この検認手続きには、以下のような手間と費用がかかります。
- 申立て費用:遺言書1通につき収入印紙800円分、連絡用の郵便切手代
- 必要書類の収集費用:亡くなった方の出生から死亡までの戸籍謄本、相続人全員の戸籍謄本など、数千円〜1万円以上かかることもあります。
- 時間と手間:必要書類の収集から申立て、裁判所への出頭まで、数ヶ月かかることも珍しくありません。
作成時の費用はゼロでも、亡くなった後にご家族が時間とお金をかけてこの手続きを行わなければ、預貯金の解約や不動産の名義変更といった相続手続きを進めることができないのです。より具体的な手順については、遺言書の検認で何を聞かれる?家庭裁判所での質問と当日の流れをご覧ください。
リスク回避策「法務局保管制度」とは?費用は3,900円
自筆証書遺言のデメリットである「紛失・改ざん」のリスクや、死後の「検認手続き」を回避する方法として、2020年7月10日から「自筆証書遺言書保管制度」が始まりました。
これは、作成した自筆証書遺言を法務局に預ける制度で、申請手数料は1通あたり3,900円です。この制度を利用すれば、遺言書が安全に保管され、相続開始後の検認手続きが不要になるという大きなメリットがあります。
ただし、注意点もあります。法務局はあくまで遺言書を「保管」するだけで、遺言の内容が法的に有効かどうかまで審査してくれるわけではありません。形式の不備によって遺言が無効になるリスクは依然として残るため、根本的な解決策とは言えない点に留意が必要です。
この制度に関するより詳しい情報は、法務省のウェブサイトで確認できます。
参照:自筆証書遺言書保管制度について
確実性を求めるなら「公正証書遺言」|費用の内訳と計算例
自筆証書遺言のリスクを避け、ご自身の想いを確実に実現したいと考えるなら、「公正証書遺言」が最も信頼できる方法です。「費用が高い」というイメージを持たれがちですが、その内訳を知れば、決して法外な金額ではないことがお分かりいただけるはずです。
メリット:形式不備による無効リスクが極めて低く、死後の手続きもスムーズ
公正証書遺言には、費用を上回るほどの大きなメリットがあります。
- 極めて高い法的確実性:法律の専門家である公証人が、ご本人の意思を確認しながら作成するため、少なくとも形式不備で無効になるリスクは極めて低いと言えます。
- 紛失・改ざんのリスクなし:作成された遺言書の原本は、公証役場で厳重に保管されます。自宅で保管する必要がなく、紛失したり、誰かに書き換えられたりする心配がありません。
- 検認手続きが不要:公正証書遺言は、相続開始後に家庭裁判所の検認を受ける必要がありません。そのため、ご家族は速やかに預貯金の解約や不動産の名義変更といった相続手続きに着手できます。
残されたご家族の負担を最大限に減らすことができる公正証書遺言は、まさに「究極の思いやり」と言えるかもしれません。近年では、公正証書遺言のデジタル化も進み、より利便性が高まっています。
公証役場の手数料はいくら?財産額ごとの計算例
公正証書遺言の作成にかかる公証役場の手数料は、法律(公証人手数料令)で定められており、相続させる財産の価額に応じて変動します。決して公証人が自由に決めているわけではありません。
計算は少し複雑ですが、「誰に」「いくらの財産を」相続させるかによって、それぞれの手数料を算出し、それらを合計します。具体的な計算例を見てみましょう。

【計算例1】財産総額5,000万円を、妻に3,000万円、長男に2,000万円相続させる場合
- 妻の分:3,000万円 → 手数料 26,000円
- 長男の分:2,000万円 → 手数料 26,000円
- 合計手数料:26,000円 + 26,000円 = 52,000円
【計算例2】財産総額8,000万円を、妻に4,000万円、長男に2,000万円、長女に2,000万円相続させる場合
- 妻の分:4,000万円 → 手数料 33,000円
- 長男の分:2,000万円 → 手数料 26,000円
- 長女の分:2,000万円 → 手数料 26,000円
- 合計手数料:33,000円 + 26,000円 + 26,000円 = 85,000円
この基本手数料に加えて、1通の遺言公正証書における目的価額の合計が1億円までの場合は遺言加算として13,000円が加算され、さらに証書の枚数に応じた加算や、証人2名の日当(専門家に依頼せず友人等に頼む場合)、公証人に出張してもらう場合の日当などが別途かかります。
多くの場合、手数料の総額は数万円から十数万円程度に収まることがほとんどです。「数十万円、百万円もかかるのでは…」というイメージとは異なり、思ったよりも高額ではないと感じられたのではないでしょうか。
手数料の計算方法については、以下の参考サイトも役立ちます。
参照:公正証書遺言とは? 作成手順やメリット、手数料について解説
当事務所の作成サポート費用(公正証書:88,000円)
当事務所にご依頼いただいた場合、公正証書遺言の作成サポートを88,000円(税込)で承っております。
この費用には、以下のサービスがすべて含まれています。
- お客様のご希望を伺い、最適な遺言内容をご提案
- 法的に不備のない遺言書の文案作成
- 公証役場との事前打ち合わせ・調整
- 必要書類(戸籍謄本、不動産登記事項証明書など)の収集代行(実費別途)
面倒な手続きはすべて専門家にお任せいただけます。公証役場の手数料と合わせても、信託銀行などに依頼するより費用を抑えつつ、確実な遺言書を作成することが可能です。
結局どっちがお得?費用と確実性のバランスで考える
「公正証書遺言は高いですよね?」というご質問をよくいただきます。確かに、作成時にかかる費用だけを見ればその通りです。しかし、私はいつも「トータルコストで考えることが大切ですよ」とお答えしています。
自筆証書遺言は作成時の費用は安いですが、亡くなった後にご家族が検認手続きを行う手間と費用がかかります。何より、形式不備で無効になってしまえば、作成した意味がなくなってしまいます。一方、公正証書遺言は作成時に一定の費用がかかりますが、法的な確実性が高く、検認も不要なため、ご家族はスムーズに相続手続きを進めることができます。
目先の数万円を節約した結果、将来ご家族が何十万円もの価値がある時間や労力を費やしたり、相続を巡るトラブルに発展してしまったりする可能性を考えると、どちらが本当の意味で「お得」と言えるでしょうか。遺言書は、ご自身の想いを実現するためだけでなく、残される大切なご家族への最後の贈り物でもあります。その贈り物が、負担になってしまわないように、費用と確実性のバランスを慎重に考えることが重要です。
こんな方は公正証書遺言がおすすめ
特に、以下のようなケースに当てはまる方は、公正証書遺言の作成を強くおすすめします。
- 相続財産に不動産(自宅やアパートなど)が含まれる方
- 相続人同士の関係があまり良好でなく、将来トラブルになる可能性がある方
- 相続人以外の人(お世話になった人など)や団体(NPO法人など)に財産を遺したい(遺贈したい)方
- 特定の相続人に事業を承継させたいと考えている経営者の方
- ご自身の字を書くことに不安がある方、または病気などで自筆が難しい方
- 確実に法的に有効な遺言書を作成し、家族に負担をかけたくない方
遺言書は、遺言書と生命保険を組み合わせた生前対策など、他の制度と組み合わせることで、より強力な効果を発揮することもあります。
「自分で書いた遺言のチェック」は割高になることも
費用を抑えたいという思いから、「とりあえず自分で遺言書を書いてみたので、専門家にチェックだけしてもらえませんか?」というご相談をいただくことがあります。お気持ちは非常によく分かるのですが、実はこの方法はかえって手間や費用がかかってしまう可能性があるのです。
正直なところ、他の方が作成された文章を法的な観点から精査し、問題点を洗い出して修正案をご提案する作業は、ゼロから作成するのと同じくらい、あるいはそれ以上に神経と時間を使います。ご本人の本当の希望が何なのかを改めてヒアリングし、財産状況を把握し、法的な問題点を整理していくと、結局は「一から作り直した方が早い」という結論に至るケースが少なくありません。
そのため、当事務所では「遺言書のチェック」というご依頼であっても、お客様の真のご希望を叶えるためには、新規作成と同じ費用をいただいております。遠回りをせず、最初から専門家にご相談いただくことが、結果的に最も確実で効率的な方法なのです。
遺言書作成の費用に関するご相談事例

先日、70代の男性から「遺言書は書かなければいけないとずっと思っているのですが、費用が気になって…」というお電話をいただきました。
詳しくお話を伺うと、以前、信託銀行のセミナーで遺言信託の話を聞いた際に、手数料が100万円以上かかると説明され、「遺言書を作るのはそんなにお金がかかるのか」と驚いてしまったそうです。
私は、当事務所の公正証書遺言作成サポートの料金(88,000円)と、公証役場の手数料の概算をお示ししました。すると、その方は「え、そんなものなんですか!信託銀行で聞いていた金額よりずっと安いですね!」と大変安心されたご様子で、その場でご依頼いただくことになりました。
この事例のように、「費用が高い」という思い込みが、大切な準備を先延ばしにしてしまう原因になっていることは少なくありません。まずは専門家に相談し、ご自身のケースでは具体的にどれくらいの費用がかかるのかを正確に把握することが大切です。
まとめ|遺言書の費用相談は専門家へ
遺言書の作成費用について、自筆証書遺言と公正証書遺言を中心に解説してきました。
- 自筆証書遺言は作成費用がほぼゼロですが、無効リスクや死後の検認手続きという家族の負担があります。
- 公正証書遺言は作成時に数万円〜の費用がかかりますが、法的確実性が非常に高く、家族の負担を大きく軽減できます。
どちらが良い・悪いということではなく、それぞれのメリット・デメリットを理解した上で、ご自身の状況や価値観に合った方法を選ぶことが重要です。大切なのは、目先の作成費用だけで判断するのではなく、将来の家族の負担まで含めた「トータルコスト」で考える視点です。
「自分にはどちらの方法が合っているのだろう?」「具体的な費用を知りたい」と感じたら、ぜひ一度、専門家にご相談ください。当事務所では、遺言書作成に関する無料相談を承っております。ご自身の財産状況やご希望をお伺いし、最適なプランと明確な費用をご提案させていただきます。遺言書作成に関する無料相談はこちらからお気軽にお問い合わせください。相続手続きでは、遺言書のほかにも相続登記の費用など様々な費用が発生する可能性がありますので、全体像を把握するためにも専門家への相談をおすすめします。

司法書士・行政書士・社会保険労務士いがり綜合事務所の司法書士 猪狩 佳亮(いがり よしあき)です。神奈川県川崎市で生まれ育ち、現在は遺言や相続のご相談を中心に、地域の皆さまの安心につながるお手伝いをしています。8年の会社員経験を経て司法書士となり、これまで年間100件を超える相続案件に対応。実務書の執筆や研修の講師としても活動しています。どんなご相談も丁寧に伺いますので、気軽にお声がけください。
